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現代の科学では放射能はどんなに低レベルであっても浴びないにこしたことはないと言うのが常識です。過去の核実験や原発からの排出された放射能によって蓄積された被曝が定かでない以上、できる限り被曝はしてはいけません。生体へのダメージは蓄積されていくからです。

 

■生命の誕生と放射線
■放射線の生命に対する影響:放射線は何故生命にとって危険か
■放射線のエネルギーを熱エネルギーに変えるとどの位?
■少ない放射線は危険ではないか?
■放射線の種類とエネルギー
■放射線の健康影響
■高線量放射線による障害
■低線量放射線による障害
■広島・長崎の被爆者生涯調査
■「身の回りには放射線がいっぱい 」?
■核反応の世界と化学反応の世界の違い
■リスクを見る視点


■生命の誕生と放射線

地球が生まれたのはいまから46億年前のことと考えられています。まだ熱かった地球が徐々に冷えて海が出来、生命が生まれたのは地球誕生から6億年位経った頃です。現在一般に考えられているのは、原始の生命が生まれたところは深い海の底で、海水の温度も高いところでした。何故浅い海に生命が生まれなかったのでしょうか? その大きな理由の一つと考えられるのが生命に有害な宇宙線です。

現在生命を守る地球の多重バリアーには、地球磁場、大気、オゾン層がありますが、地球磁場がまだ形成されていなかった頃には浅い海で生命が生まれたとしても降り注ぐ宇宙線によって壊されてしまったのでしょう。生命が浅い海に移動してくることができたのは地球に磁場が形成され、有害な宇宙線の進入を防ぐことが出来るようになった27億年前頃です。そして、生物が陸上に進出してきたのは紫外線を防ぐオゾン層が形成された5億年前のことです。

このように生命の誕生、進化の歴史と放射線の関係を振り返ってみると、生命は宇宙線や紫外線などの有害な放射線の届かないところで生まれ、そして危険がなくなったところに進出していったのだ、といえるでしょう。
「放射線は宇宙の誕生と共に生まれた。だから生き物は地球上に誕生したときから放射線を受けている」という記載を教材の中によく見かけます。これには重要な面が抜け落ちています。生命誕生の歴史から考えると「地球上に降り注ぐ放射線が多重バリアーにより生命に危険がなくなる程少なくなった。だから生物が生きていられる」というのが正確な表現です。

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■放射線の生命に対する影響:放射線は何故生命にとって危険か

放射線は生物に吸収されると直接その細胞のDNAに傷をつけたり、細胞の中の他の原子や分子(特に水)と作用して間接的にDNAに傷害を与えたりします。DNAは細胞や体を作り上げてゆくためになくてはならない設計図ですから、放射線による傷害が大きくて修復できなければ細胞は死にます。また修復に間違いが起きれば、奇形、癌、その他の病気の原因になります。それはどのようなメカニズムによるのでしょうか。

エックス線やガンマ線もエネルギーの小さな塊、光子、と考えられています。この光子の持つエネルギーの大きさによって、それが生体に入ったときに生物に与える影響は異なります。エックス線やガンマ線の光子が持つエネルギーは、化学結合のエネルギーに比べると桁違いに大きいものです。

従って例えば、通常のエックス線発生装置からでる100keVのエネルギーでは最も強力な化学結合のエネルギーでも、14,000から 20,000もの結合を切ることが出来るのです。放射線の一部のエネルギーは原子や化合物から電子をはぎ取ります(これを電離といいます)。電離によって電子を失い非常に不安定になった化合物は、新しい化合物に変化したり、他の化合物と反応したりします。このように少しのエネルギーのやり取りで機能している生体にとって、100keVの電子が飛び込んでくることはとんでもない破壊行為なのです。

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■放射線のエネルギーを熱エネルギーに変えるとどの位?

例えば,人が全身に7グレイ(700ラド)のエックス線を被ばくすると、その99.9%以上の人が1ヶ月から2ヶ月以内に死亡します。7グレイのエックス線のエネルギーを熱エネルギーに変えるとどの位になるのでしょうか。大きなエネルギーになると想像する人が多いと思います。考えてみましょう。

被ばくする人の体重は50kgとします。1グレイは、生体1キログラムにつき1ジュールのエネルギー吸収ですから、7グレイでは50x7=350で350ジュール受けたことになります。これをカロリーになおしますと350/4.18=83.7カロリーとなります。放射線のエネルギーがすべて熱エネルギーに代わるとしても、50kgの人が7グレイを被ばくすることは、83.7÷50,000=0.00167で、熱エネルギーにすると、その人の体温を約0.0017度上げる程度にしかなりません。

どうしてでしょうか。熱エネルギーの場合、体を温めるには、体中に含まれるすべての分子に均等にエネルギーが分散して与えられます。これに対し、放射線のエネルギーの場合は、光子からまず1個の電子にエネルギーが与えられ、この電子のエネルギーは次の分子の中の限られた電子に与えられるというように、極端に集中して与えられます。従って、83.7カロリーの熱エネルギーでは化学結合を切ることは出来ませんが、放射線のエネルギーにすると、これが可能になるのです。例えていいますと、太陽光を凸レンズで集めますと紙を燃やすことが出来ます。このように、分散したエネルギーを一点に集めることによってその点は大きなエネルギーを得ることになります。放射線の場合はこれをもっと極端にちいさなエネルギーの塊である光子に集中したものと考えれば理解しやすいでしょう。

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■少ない放射線は危険ではないか?

放射線は、生体内の化合物の化学結合を切ったり、電離を起こしたりして分子に傷害を与えます。しかし、生体にはたくさんの細胞、分子、原子がありますから、そのどれが傷害を受けるのか、またその傷害を生体が修復することが出来るかどうかにより、被ばくの影響は変わってきます。放射線の量が少なければ少ないだけ、放射線があたる分子や原子は少なくなり傷害を受ける確率は減少します。少ない放射線の影響が、確率的影響と呼ばれるのはそのためです。遺伝情報を持つDNAは、細胞の中で最も大きい分子なので、傷害を受ける確率も大きくなります。

原子力施設の事故などで環境中に放射性物質が放出されることがあります。チェルノブイリ事故のように大事故である場合は、さすがに人体に無害であるとは発表できませんが、小規模の事故の場合「放射能漏れがありましたが、その量は少なく健康への心配はありません」「許容量以下ですから安全です」という判で押したようなコメントが当局から流されます。このようなとき放射線の影響の仕方を考えれば、傷害の確率は小さいけれどゼロではないだろうと考えておいた方が安全です。

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■X線の発見

X線はレントゲンにより1895年に発見されました。X線と名付けたのは、なにか不思議な未知の光線という意味からでした。 レントゲンは陰極から陽極に向かって飛んでゆく電子の流れである陰極線の研究をしているときに、電子が陽極にぶつかって出てくる不思議な線を見つけました。この線は、本やトランプのカードを通過しましたが、鉛は透過しませんでした。レントゲンは、実験中に鉛を手で支えていましたので、その線によって彼の手の骨の影が蛍光板に映りました。それを見たときの気持ちを、後にレントゲンは次のように述べています。

「私が最初に透過するという驚くべき線を発見した時、それは正に驚愕すべき現象でありましたので、そんな線が実在することを確かめるためにも何度も何度も同じ実験を繰り返して、自分自身を納得させねばなりませんでした。」(「レントゲンの生涯」より)

■X線の医学利用

X線は直ちに医学に利用され、診断や治療に広く使われるようになり、医学に多大の進歩をもたらしました。その一方見方を変えると、その進歩は生物に対する放射線の障害作用を人類が学んでいった過程でもありました。特に放射線が利用されはじめた頃は、放射線の生物に対する影響が知られていませんでしたから、今日では考えられないような無防備さで放射線を扱い、医師や技師さらには患者にも皮膚癌、白血病などをおこし、亡くなる人も多くいました。

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■放射線の種類とエネルギー
 
放射線の力を理解するためにはまずエネルギーとは何かを知る必要があります。

■エネルギーとは?

エネルギーとはものを動かしたり(運動エネルギー)、照明をしたり(光エネルギー)、温めたり(熱エネルギー)といったように、すべての仕事の元になる力のことです。エネルギーはお互いに変換することが出来ます。例えば発電の時には、石油などの化学エネルギーをもやし熱エネルギーに変え、熱エネルギーは水を蒸気に変え、蒸気でタービンを回すと運動エネルギーに変化します。この運動エネルギーは発電機の中で電気エネルギーに変えられ家庭に送られると、そこで電気洗濯機のモーターや炊飯器によってそれぞれ運動エネルギーや熱エネルギーに変化します。

レントゲンが見つけたX線は、陰極から飛び出して高速で飛んでいった電子の運動エネルギーが陽極にぶつかり大部分が熱エネルギーに、残りのわずかなエネルギーが放射エネルギーに変わったものです。

■放射エネルギーとは?

「放射エネルギー」或いは「輻射エネルギー」とよばれるものの中には、目に感じる光エネルギー、暖かく感じる赤外線エネルギー、ラジオやテレビなどに使われる電波エネルギーなどがあります。さらにこの中には紫外線、X線の他、ガンマ線も含まれます。これらの放射エネルギーはエネルギーの非常に小さな塊り(「光子」と呼ばれる)と考えられています。

光子がもつエネルギーは小さなものから非常に大きなものまで広い範囲にわたり、その大きさによって放射線を分類します。X線、ガンマ線は高エネルギー光子です。

レントゲンによりX線が発見された後、ベクレルはウラン鉱石からX線と同様に物質を透過する線が放射されていることを発見しました。ウラン鉱石から放射されている放射線は、物質自身から自発的に放出されます。この物質の放射線を出す性質(活力)は、後にマリー・キューリーにより放射能(Radioactivity)と名付けられました。

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不安定な原子核が壊れるとき放出される放射線にはアルファ線、ベータ線、ガンマ線および中性子線があります。

■アルファ線

アルファ線はヘリウムの裸の原子核で、2個の陽子と2個の中性子からなり、+2の荷電を持っています。組織を通過するときにその通り道にある原子の電子を跳ねとばし(電離し)、そのたびに自らはエネルギーを失ってゆきます。アルファ線が組織内で飛べる距離(飛程距離)はせいぜい30から40ミクロンです。これは細胞にすると3個から4個を通過するにすぎません。天然の不安定な原子核から出るアルファ線は500万eV(5MeV 注1)前後のエネルギーを持っています。

アルファ線はその軌跡にその持つエネルギーすべてを与えてしまうわけですから、破壊力も大きいといえます。従ってアルファ線を出す放射能が一旦体の中に入ってしまうと組織にとっては非常に有害になります。どの教材にも決まってアルファ線は紙一枚で止まると書いてあります。これはその通りですが、紙で遮蔽出来るのは体の外にある場合のことです。体内では細胞に直接アルファ線が当たります。

■ベータ線

ベータ線は不安定な原子核から出る高速で運動する電子で百万eVの単位で表せるエネルギーを持ちます。電子の質量はアルファ線の1/7,360です。従ってもし同じエネルギーを持っていれば、アルファ線よりもはるかに速いスピードで運動します。その飛程距離は電子がはじめに持っていたエネルギーの大きさにより異なりますが、アルファ線よりもずっと長く、エネルギーが大きいとミリメートルの単位を飛びます。ベータ線もその通り道にある原子核の周りを回っている電子をはじき飛ばし電離を起こします。

■ガンマ線

ガンマ線はウラン元素などの不安定な原子核が壊れるときに放出されます。原子核から出るガンマ線には数百万eV(注1)のエネルギーを持つものもあります。これに比較し、普通のX線発生装置から出るX線のエネルギーは50keVから250keVです。もしエネルギーが同じならばX線とガンマ線が生物に与える影響は同じです。

■中性子線

中性子線も原子核が崩壊するときに出る高エネルギーの放射線です。質量は陽子と同じですが、名前が示すように中性で電荷を持たないために強い透過力をもちます。中性子線は人体にはいると人体を構成する物質の原子核と衝突し、衝突を繰り返しながらエネルギーを失ってゆきます。

衝突の相手は中性子と質量がほぼ等しい水素原子核(陽子)であることが多く、衝突された陽子は高速で動き出し、周囲の原子を電離しながらエネルギーを失ってゆきます。そのため中性子線が生体に及ぼす影響はX線やガンマ線よりも大きいのです。

注1)電子のエネルギー、エレクトロンボルト(eV)
真空管の中で電子が得るエネルギーは、陰極と陽極の間の電圧に比例します。もし1個の電子が10ボルト(10V)の電位差のある所を移動すれば、電子の得るエネルギーは10エレクトロンボルト(10eV)です。
注2)電子のエネルギーとX線エネルギーの関係
X線管に50kVの電圧がかかっている場合に、電子が得るエネルギーは50keVで、発生するX線の最大エネルギーは光子1個当たり50keVです。

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■放射線の健康影響

放射線が私たちの健康にどのような影響を及ぼすかは、どのような種類の放射線がどのくらいの量、どの部位に、どのように作用したかによって異なります。同じ量の放射線を被ばくしてもX線とアルファ線ではその生物に与える影響(生物学的効果比、RBE)(用語解説参照)が異なり、アルファ線はX線の20倍の害を与えます。

その影響を考慮した放線の量は等価線量といい、単位は、シーベルト(Sv)で表されます。また、同じ量の放射線を浴びても、組織によってその障害の受け方が変わります。例えば生殖腺や骨髄などは細胞の分裂が盛んで、放射線の影響を皮膚などよりも20倍も受けやすいと考えられています。このように組織の感受性を考慮した係数(組織加重係数)を等価線量にかけた放射線の量を実効線量といい、やはりシーベルトで表します。

シーベルトという単位は日常生活ではこれまであまりなじみがありませんでしたが、1999年9月に茨城県東海村で起きたJCO 事故(JCO 事故参照)の時にマスコミを騒がせたり、最近では医療被ばくの問題などから耳慣れた言葉になりました。シーベルトがどの位の放射線量を表すのか想像するには、自然放射線からの被ばく線量や放射線障害の程度等と関連させて覚えてしまうと、見当がつきやすくなります。
ここでは、命に関わる放射線被ばく影響から説明します。

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■高線量放射線による障害

全身に一度に高線量を被ばくした場合はその障害は早期に始まりますので急性障害といわれます。人間の場合一度に6〜7Sv 以上の放射線を全身に浴びると99%以上の人が死亡しますが、その死亡原因や死亡するまでの時間は被ばくした線量によって異なります。100Sv以上の大量の放射線を一度に全身に浴びると、短時間で方向感覚 、平衡感覚の失調や運動失調などの中枢神経の異常が現れ、ショックに陥って2日から3日以内に死亡します。それよりも少ない線量では、胃腸死という転帰をとります。

JCO のO さんの被ばく線量は16〜20 Sv と計算されています。血性の下痢に加えて、皮膚が完全に剥げてしまったため、体表面から体液が漏出し、貧血、脱水症状となり毎日大量の輸血や補液が行われ、皮膚移植、骨髄移植が試みられましたが効果なく亡くなりました。10Sv 前後の被ばくでは、骨髄死の転帰をとります。これは骨髄で作られる血小板や赤血球、白血球等が減少し、出血、貧血、感染症などがおこるためです。

被ばくした人の約50 %が死亡する線量は4Svくらいといわれています。生殖器に約5Sv 被ばくすると永久不妊症になります。0.25Sv (250mSv)では、白血球が一時的に減少しますが後に回復するとされています。250mSv 以下の被ばくであれば、急性の臨床症状は現れないということで、これを「しきい値」とし、国際放射線防護委員会(ICRP)でも採用されています。

この数字が決められた根拠は広島・長崎の被爆者に対する日米合同調査で、急性障害の一般的症状である、脱毛、皮膚出血斑(紫斑)、下痢、嘔吐、食欲不振、倦怠感、発熱などから、脱毛と紫斑だけを放射線症として定義し、他の症状を切り捨てたことと、調査範囲を爆心地から2km以内に限ったことが原因といわれています。

しかし、日本学術会議から刊行された『原子爆弾災害調査報告集』によると爆心地から3から4km離れたところで被爆した人(DS02、2002年に改訂された線量評価、で測って数ミリシーベルト以下)でも急性障害の症状を示した人もいました。

爆心地から2から2.5km地点は新しい線量評価で測ると広島では100mSv以下です。にもかかわらずこの区域の被爆者には脱毛(6.4%)、紫斑(2.2%)、口内炎(5.1%)、嘔吐(2.6%)その他の放射線症の症状があったと報告されています。さらに最近の例では、JCO近くの住民には数ミリSvの被ばくで下痢や嘔吐など体の不調を訴えている人がいます。急性障害の「しきい値」が250mSvという数字は妥当なのかどうか、再検討する必要がありそうです。

急性障害から回復し一見健康そうにみえる人も、疲れやすく、ふつうの労働ができなくなります。そのために「ぶらぶら病」などといわれ、周囲から冷たい目で見られるという苦い経験を持つ人も多いうえ、数年から数十年後に白血病やがんになる不安を背負うことになります。

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■低線量放射線による障害

低線量とはどの位の線量でしょうか。一般的には急性障害を表さない程度の線量として250mSv以下の放射線 量をいっている場合が多いようです。しかし、これは習慣的に使われているもので、使っている人によって異なった量を指している場合もあります。例えば動物に放射線をかけて発がん実験などをしている研究者などは、50から200mSvを考えますが、環境放射線などの研究者は数mSvから数十mSvを低線量と考えます。国連科学委員会2000年の報告書では低線量域を図2に示すように「細胞の核1個当たりX線或いはガンマ線の飛跡が1個通過する程度」と説明しています。それは1mGyに当たります。

■低線量の放射線ではどんな障害があるのでしょうか。

100 mSv では、放射線に最も敏感なリンパ球の減少が見られる場合があります。これ以下の線量では、検査で検出できる症状は現れないといわれています。低線量の放射線では被ばくした時に症状が出なくとも何年も後にがんになることがありますので、国際放射線防護委員会(ICRP)では一般公衆がこれ以上被ばくしてはいけないという限度を勧告しており、日本政府もこの値を採用しています。

それによると一般公衆の被ばく限度は1年間あたり1mSv です。但し、この線量の被ばくが安全だというわけではありません。「10万人がそれぞれ1mSv 被ばくすると、その中から放射線によるがん死が1人から37人の割合でが発生する」と計算されています。計算の仕方によってこのように大きな違いがありますが、ICRPでは1万人に0.5人という数字を採用しています。  放射線作業従事者の場合は被ばく限度は1年間に50 mSv で、5年間の総量が100 mSv を超えない量とされています。

放射線作業従事者の限度を一般の人より年間50 倍も高く設定しているのは、許容線量をこのくらい高くしないと経済的に「原子力産業」が成立しないからです。JCO 事故で被ばくした住民の被ばく線量は、旧科学技術庁発表の値(3.5から87mSv)と阪南中央病院発表のもの(13.8から650mSv)ではその値が大きく異なるのですが、どちらにしても公衆被ばくの限度線量を大きく上回っています。JCO 事故で被ばくし、その後体調不良となった住民に対して行政は、「250mSv以下であるから急性障害の症状が出るはずのない線量だ」という立場を固守し、その訴えに真剣に対処していないのは、国民の健康に対する責任を放棄していると考えられます。

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■広島・長崎の被爆者生涯調査

広島・長崎での高線量被爆者は急性障害でなくなりました。広島にある放射線影響研究所では、爆心地から2.5km以内で被爆した86,572人の生存者について、放射線影響調査を行っています。その結果が被爆者の生涯調査報告書として1962 年から発表され2003年10月には第13報が出されました。この報告を読みますと47年間に及ぶ 調査の結果、がんだけでなく心疾患、脳溢血、消化器疾患、呼吸器疾患が、被爆により増加することが明らかになりました。そして、被爆線量とがんの発生率には直線関係が成り立ち、ある線量以下の線量ならば被爆しても安全という「しきい値」の存在は証明出来ないことも分かりました。

疫学調査では、調査の母集団が大きく調査期間が長いほどその結果は信頼性が増します。放射線影響の研究で、これだけおおくの人を対象に長期間調査した例は、世界的に見ても他にありません。母集団の大きさや調査期間の長さだけではなく、医学的・病理学的な裏付けという点から見て信頼性の高い研究として評価されています。しかし、不思議なことに日本の原子力安全委員会や一部の放射線影響の研究者たちはこの結果を重視していません。むしろないがしろにしているように見えます。しばしば彼らから「250mSv 以下では癌が増えるという証拠はない」とか「200mSv以下では、放射線の影響はないと われている」などという発言がなされます。

このように原子力安全委員会や放射線影響の研究者たちが低線量影響を軽視するのは何故か。私たちはしっかり考えなければなりません。

生涯調査の問題点として考えられていることをいくつか挙げます。これらのことを頭に置いて調査結果を見ることも大切でしょう。


1.調査の開始時期が被爆後5年経過しているために、放射線に感受性の高い人はみな死んでしまっている。その結果、放射線に抵抗性の人を選択して調べている可能性がある。

2.被爆者の被爆線量は原爆が爆発した時に発生した放射線による直接の被爆のみしか計算されていないこと。内部被爆や、残留放射線による被爆が考慮されるべきこと。

3.対照群の中にも、放射能雲からのフォールアウトなどで被爆した人がいる可能性がある。

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■「身の回りには放射線がいっぱい 」?

私たちが調べた教材には、放射線が身の回りにはたくさんあることが強調されていて、だから、少しくらいの放射線を浴びても害はないという印象を受けるように書かれています。自然放射線(世界平均、年間2.4mSv)も、検診のための放射線もそれが全く生物に無害であるという証拠はありません。最近では長時間飛行機に乗るパイロット、乗務員の被ばく(東京ーニューヨーク間往復0.19mSv)が問題になって来ていますし、医療被ばくによるがんの発生は日本が世界一という論文もイギリスの権威ある医学雑誌に掲載され、読売新聞にそれが紹介され大きな社会問題になっています。
「放射線と生命」の所で述べられているように、生命が誕生したのは放射線の届かないところだと考えられていますし、生物は放射線を避けて広がっていったともいえるのです。

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■核反応の世界と化学反応の世界の違い

地球上で起こる物質変化の最小単位は、基本的には原子です。即ち、人間活動によって起きる部分も含めて、この地球上で様々な物質ができたり壊れたりするのは、原子から分子ができたり、逆に、分子が壊れて原子や他の分子になったりして、原子同士の組み替えが起きることによります。これは化学反応の世界です。それに対して、宇宙、特に,恒星の中で起きていることは,原子を構成している原子核ができたり壊れたりしている核反応の世界です。

これは、化学反応に比べて、エネルギーにすると10の6乗倍の大きい世界の出来事です。運動エネルギーは、速さの2乗に比例しますので、速さにするとおよそ千倍ということになります。日常生活の中で、私たちが道具を使わずに出せる速さの千倍もの速さのものが飛んでくることを想像しますと、このエネルギーが、化学反応の世界にとって,いかに大きいものであるかが分かります。原子力は、核分裂反応を利用するわけですから、いかに私たちの手に負えない技術であるかが分かります。

生命活動は、元来、核の安定性の上に成り立つものであることを肝に命ずべきなのです。

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■リスクを見る視点

それでは、科学技術のリスクの特徴から見ていくことにします。近代科学技術は、経済性と使用時の利便性を主に追求してきました。その反面、この世界の他の階層に与える影響については、あまり考えられていません。現在の科学技術のリスクは、使用者のみに止まらず、空間的には地球規模まで広域に及び、時間的には、次の世代にまで及ぶという特徴をもっています。リスクには、各種の事故や災害,戦争による殺戮・環境破壊など、一瞬にして遭遇してしまうものと、いわゆる化学物質及び人工放射性物質による人体汚染など、じわじわと被るものがあります。

人工放射性元素は、体内に入ると化学的性質の類似性から、元素により特定の部位に蓄積され高濃度となって放射線を出し続けます。これらの粒子線や電磁波は、エネルギーが高く、人体の構成分子から無差別に電子をたたき出します。これは、生体分子そのものの破壊を意味します。

物質の濃度と温度は、部分的にはその周囲より高くなったり低くなったりしますが、それを取り囲む全体で考えますと、必ず平均化する方へ向かいます。日常ごくありふれた拡散や熱伝導などの現象だけでなく、環境問題などの広範囲で起きる全ての現象の背後で、いつもこのことが起きています。それ故、あらゆる科学技術の生産過程、使用中、廃棄後にどのような濃度や温度の平均化が起きるかに注目し、その対策を考えることが必要なのです。よく原子力は炭酸ガスを出さないと言われますが、それは、核分裂反応を利用した原理そのものの部分についてのことです。私たちは、その原理を実現させるのに必要な技術全体にわたって、炭酸ガスの排出について考えなければならないのです。

濃度の平均化には、化学物質と並んで、原子力発電所・核兵器から出される放射性物質のように二次的に排出される人工物質があります。しかも,濃度は単に平均化するだけでなく、食物連鎖の法則により生物濃縮され、いずれ私たちの食卓に上がります。また、温度の平均化には、原子力発電による熱汚染があります。

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よくわかる原子力-電力政策の問題点(原子力教育を考える会)ホームページより
http://www.nuketext.org/mondaiten.html


 

参考資料
1)『放射線と人間』舘野 之男 岩波新書 1974年
2)『人間と放射線』J.W.ゴフマン著 伊藤昭好他訳、社会思想社 1991年
3)Preston DL, 清水由紀子, Pierce DA, Suyama A, Mabuchi K。
  「原爆被爆者の死亡率調査第13報 固形がんおよびがん以外の疾患による死亡率:1950−1977年」 放影研報告書 No24-02、及び Radiation Research vol.160, 381-407, 2003.
4)『原子爆弾災害調査報告集』 日本学術会議編 日本学術振興会 1953年
5)『広島・長崎の原爆災害』 広島・長崎市原爆災害誌編集委員会編 岩波書店 1979年
6)『放射線被曝の歴史』中川保雄著 技術と人間 1991年
7)低線量放射線の影響は過小評価されてきたのではないか ー低線量放射線でできた二重鎖DNA 切断は修復されない?ー 崎山 比早子 原子力資料情報室通信 354号 2003年

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