MEMO/14

今年の終わりに。何の信念も知恵もなく、保身と自己満足だけの安倍政治。
2014/12/31  社会的格差を小さくするより、大きくする方が簡単です。なぜなら難しいを承知で少しでも平等な社会を目指してきたのが幾多の賢人たちの今につながる努力ですから。平和についても知恵と熱意と信念ある外交努力で平和を堅持するより、兵器増強で威嚇する方が簡単です。威嚇や競争はどこかで摩擦、衝突が起る可能性がありますから簡単だけど無責任な方法です。

大企業や富裕層に配慮し、政治や他者に無関心な中間層を誤魔化しておけば、世論は押さえられる、というのも簡単な方法です。生活に逼迫している人たちや、底辺に追い込まれた人たちには声を上げる余裕もありませんから、世論にはなりにくいからです。アメリカの国益に配慮し、国内の大企業の顔色をうかがい、一部投資家と富裕層の機嫌を損なわないための政治。そうすれば権力を維持するのが簡単なのは分かりますが、それは知恵と精神の貧困ゆえの方策です。そんなやり方で一体日本はどこへ向かい、何を目指せるというのでしょう。政治に無関心といわれる日本国民。

富裕層はごく一部だと思うのだけれど、多数を占める人たちは何を感じ何を考えているのだろう。しかし大多数を占める中間層と言われる人たちは勘違いしているだけで決して余裕ある暮らしをしているわけではなく、人間関係とかそれぞれの夢とか、自然な笑顔すら無くした中で生活を維持している人たちかも知れません。GDP世界3位の経済大国であることを考えればその精神的余裕のなさの理由を考えてしかるべきです。自然環境に恵まれ、山海の幸と自然エネルギー資源にも恵まれた日本。大きな経済力と高い技術力もある日本。その国で起っている様々な悲惨。

貧困家庭、老人の孤独死、若者の自殺、増え続ける暴力事件、男女の不平等、子供の虐待、介護疲れによる絶望、異様に多い動物の殺処分、食べれない人もいる中での大量の食品廃棄、日本と同じように古い歴史を持ちかつ経済力も同等な欧州の国々と比較して、国の中身があまりにも違う気がします。それはおそらく日本が経済至上主義、アメリカ型資本主義をそのままコピーさせられてしまったからで、恩恵もあるけれど、そろそろ日本独自の資本主義を考えださなければならない時です。巨大で複雑な構造を持つアメリカ社会とは異なる日本がアメリカと同じ道を歩めば、混乱と矛盾の中で崩壊してしまうのではないか。この一年の安倍政権による政治を見ていて危機感がつのる年の瀬です。

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この国をよくする秘訣
2014/12/27  すべてとは言わないけれど親の思い込みと勘違いで塾や稽古ごとに束縛されている子供たちがいます。一方、塾にも行けず夕食を菓子パン一個やスナック菓子で我慢している子供たちもいます。同じ日本で同じ現実の中で、先進国と言われるこの国で。GDPは世界第三位、大都市の中心部は人とモノであふれかえり、でもちょっと外れるとさびれた町が昔を偲ぶありさま。地方はその色をなくし、人もまばらであのぼくとつな笑顔に出会うことも少なくなりました。なんかおかしい。無意味な選挙で700億円もの税金を使った安倍政権。先進国中最低レベルの貧困率は何故なんだろうかと考えてしまいます。

政治が悪いのは間違いありませんが、それに気づかない国民の無意識は恥ずべきものです。実際逆境に追い込まれている人たちには考える時間も考えるための情報を得るゆとりもないのは仕方のないことですが、少なくとも普通に暮らせてる人たちがあまりにも無関心、無意識であること、そこに問題があると思います。他者への無関心、会社や家族など閉じられた世界にしか意識が働かない内向きの心理。自分が当事者、被害者にならなければ分からない、動かないという想像力のなさ。結局はエゴイズムで総称されるのでしょうが、そのような生き方の何が幸せなのか分かりません。前時代のように日本も閉じられた国ではなく世界の状況を無視しては成り立ちません。同じように日本の中の歪みや理不尽は結局すべての人に関わる全体問題となるはずです。

自分は関係ない、自分は安全などという局所的な感覚が成り立つ時代ではないと思うのです。この小さな国で、豊かだと言われているこの国で実際に進行している格差や貧困の問題。福島の原発事故後の政府の無責任、動物の殺処分、食品廃棄の多さの問題もあります。男女の不平等、老人が阻害され、若者が夢を持てない現実があります。未来を想像すれば今じっとしていられない現実があるのに、無関心の分厚い壁は崩れることも溶けることもなく立ちはだかります。他者に対する関心。人間や自然環境や動物に対するいたわり。当たり前のことだけれど、この国をよくする秘訣はそれだけなんだろうと思います。

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いい人、悪い人
2014/12/22  悪い人、すぐに思いつきます。まず暴力を振るう人、次に一部政治家や資本家にいるような暴力を振るう人をお金や権力で利用する人。それがもっとも悪い人だと思うのですが、そのような権力やお金を利用する学者もいて悪い人は結構います。それでもよく考えればそのような人は社会の中の割合で言えば3%ぐらいで、ならば97%の人はいい人かと言えばそんなことはあり得るはずもなく、なぜならそうならば社会はこんなに理不尽に満ちてはいないからです。

人を殺傷することは悪いこと、モノを盗めば悪いこと、人を騙せば悪いことなど法治国家ですから、法の上の悪の線引きはなされています。しかし法には触れないけれど、人を困らせたり苦しめたりする諸悪が無数に定着してしまった社会、それが今の日本だろうと思います。暴力は振るわない、大声もださない、一見冷静沈着で穏やかに見える人たち。

でも自分に関わること以外、他者や社会に大しては無関心、無感動で冷たくすらある人たち。そんな人たちの生き方が引き起こす不幸がその人間の周りや社会にどれだけの悪影響を与えているかを考えれば、そういう人たちは消極的な悪とでも呼ばなければならない気がします。おとなしい人、穏やかな人ではあっても、決していい人ではありません。いい人とは悪い人に対峙する積極的な心の動きを持つ人のことで、そういう人たちがせめて10%ぐらいいれば、諸悪は色褪せてしまうのだろうにと思います。

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戦後最低の投票率、52.99%で民主国家と言えるだろうか
2014/12/15  こんな政治は嫌だ、どうせ誰がなってもどの政党でも同じこと。ゆえに選挙など行かない。行かないことが意思表示なんだなどと思っている人がいたら民主主義など意味を成しません。たとえ選択肢がないにしても少しでもましな人物、政党に票を投じるのがルールです。たとえ似たようなものでも同じものはないわけですから、選択の余地はあるはずです。それが選挙だろうと思います。それでもまだ選挙などいかないと思っている人は救いがあります。もし白紙投票に意味を持たせることが出来るような選挙システムなら白紙の一票は投じるだろうからです。深刻なのは無関心、無気力な風潮です。自分の頭でモノを考えない、考えられない、自分の生活に直接影響がなければ社会も国家も世界もまるで視野に入らないような人たちです。投票率の低い若者の間にそのような人間が増えているなら、とても恐ろしいことです。政治や社会がどっちでもいい、どうでもいいなら何故に生きているんだろうと思います。自由と平和を創造し守ることが民主主義の根幹で、それが崩れればその上には何も乗っからないのですから、民主主義は崩壊です。今の日本は投票率が表す通り、半民主主義なのだろうと思います。国民にとって大切なものの半分が切り捨てられないがしろにされている。国民1人1人の存在が尊重される本当の民主主義を取り戻さなければ、それこそ時代を逆行して自由も希望もない国に成り下がってしまいます。

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なぜ貧困や格差が広がるのだろう。
2014/12/12  政治が悪いとしか言いようがないのだけれど、平和と自由を脅かし貧困や格差を広げる政治を行っている安倍政権をなぜ支持する人がこんなにもいるのだろう?と言う疑問の方が深刻です。この2年間で大企業や富裕層は確かに潤ったようですが、それは国のほんの一部のことで、大多数の国民はとても今の政治に満足しているとは思えないのだけれど、自民党を支持する人が多いのには閉口します。政治なんかどうでもいい、まともな政治家がいない、どうせ同じこと・・・と若者を中心にさめた人が多くいて、今の政治がおかしいとは思っていても声を上げない、選挙にいかない、そんな国民がかなりの数いるのだろうと思います。水面下です。確かにまともな政治家、政党が見当たらないという現状は分かりますが、出来ることはとにかく最悪を排除して、社会の悪い流れにストップをかけることしかありません。次の政治家なり政党がだめならまたストップをかける。その繰り返ししかないだろうと思います。流れを変えれば少しは変わるでしょう。未来に向けて現状の少しの変化はとても大きな変化につながるかも知れません。水面下の意思が水面に現れて小さな波紋が無数に湧き出た時、悪質な政治家はそれこそ水面下に没するだろうと思うのです。

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まず理不尽に対する1票を
2014/12/09  株高などで金融資産を1億円以上持つ富裕層は昨年末、百万世帯を超えた。2年前より25%も増えた(野村総合研究所の調査)と言います。総世帯数5195万0504(平成10年)から見てどう考えるかは別として働く人の賃金は物価上昇に追いつかず、1年4カ月連続で実質的に減り続けています。また「ワーキングプア」とも呼ばれる年収200万円以下は1100万人を超え、全体の約25%を占めといいますから、何とも不自然な経済構造です。非正規雇用は拡大し正社員は22万人も減少。不安定でじりじり広がる格差は社会のあらゆる部分に歪みを生んでいます。それでも安倍、自民党政権を正せないのは不安と困難に直面する多くの人が政治どころではない状況、心境に追い込まれているからでなんとも理不尽です。ある意味それが安倍政権の狙いでもあるのでしょうが、卑怯な政治手法だと思います。国民1人1人が何事に関してもきちんと考えられる社会環境をつくり、その上で国民の意思を汲み取って政治家が手腕を振るう。今ある政治は正反対の様相です。選挙で1票を投じること、少しでもましだと思う政治家、政党に1票を投じることがまずできることです。

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エンジェルフォールとアベノミクス
2014/12/07  南米大陸ギアナ高地にあるエンジェルフォールはその落差(979m)によって知られその落差の大きさによって落下する水滴が中空に霧散してしまうそうです。よって滝壺は存在しないという特異な滝です。その滝にアベノミクスを例えた新聞記事がありましたが、言い得て妙です。湯水のように使われた税金で潤ったのはほんの一部の富裕層。流れ落ちる水は大企業や海外の投資家と多国籍企業に吸い取られてしまってまさにエンジェルフォールのようです。貧困層をはかる一つの指針である「相対的貧困率」は大人が一人(母子・父子世帯)に限ってみれば貧困率は54.6%で、これは世界第1位の低水準。世界3位のGDP(経済規模)にもかかわらず貧困層は広がり、格差社会はますますその溝を深めています。1%の富裕層が富を独占するアメリカ社会のようになってしまうのではと危惧します。経済政策だけではありませんがとにかく今の政治は間違っている、それだけは確かなことです。

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人間は考える葦である
2014/12/05  有名なパスカルの言葉です。同文の中でパスカルは「われわれの尊厳のすべては考えることのなかにある」とも言っています。3日の朝日新聞に掲載されたニューヨークタイムスの記事に「 忙しさにかまけて考えなくなった現代人とその代償」と言うのがありました。記事中に「・・・つまり、彼らは考えること自体を避けたがるのだ。・・・あれやこれや考えることに時間を割きたくないとすれば、問題を解決することはできないから、そのままほったらかしにしておくことになろう。それは、解決策を自分の頭で考えるより、運命に任せる方がいいと思い込む態度につながる。」・・・実際忙しいと言うのは現代人の口癖、合い言葉のようなものでその実はあれやこれやの物事を避ける口実、言い訳の部分が多分にあるような気がします。あえて忙しくするあるいは忙しいふりをして面倒な問題に対してなるべく関わらないようにする。それがある種の処世術であるかのごとくです。 多くの社会問題は1人1人が自分で考え判断しなければならない、それが民主主義の根幹です。思考を放棄すれば、社会はあらぬ方向へと傾き、結局そのしわ寄せは1人1人にかかって来ます。命に対する尊厳を欠く政治家や私利私欲にまみれた政治家が多数を占める今の日本においては特に考える力は必要です。

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ゆるやかな抵抗、そして啓蒙
2014/09/19  風刺漫画、漫談、漫才、喜劇。社会や政治的問題に対しての皮肉たっぷりの表現に大爆笑が起こります。でも、その中の真実に「確かにそうだな」と、我に返ることもあります。「チャップリンの独裁者」ではないけれど、悪や権力にはどこかしら間の抜けたところがあり、ユーモアが抵抗の大きな武器になることもあります。欧米ではその潮流がメディアや芸能界にあるようですが、日本では年々そのような風刺的傾向が薄れている、あるいはできなくなっているのではないかと思えます。独裁国家や共産国家でもない日本なのですから、テレビでも新聞でもおかしいと思うことは漫画や芸の中でどんどん笑い飛ばすような風潮があれば、国民もゆるやかな啓蒙を受けるのではないかと思います。テレビ番組に代表されるように、一見自由なようで要所要所にかなり強引な圧力がかかる日本。今の安倍首相のことなど、テレビで笑いのネタになることがいっぱいあると思うし、やれば受けると思うのだけれどユーモアの質は下がるばかりです。高度なユーモアには社会性が不可欠だろうと思うからです。

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原発なしで一年、明らかに原発はいらない。
2014/09/14  「再生可能エネルギー優先法(EEG)の改正をめぐる駆け引きはエコ電気には何の悪影響も与えなかった。それどころか、2014年上半期には我が国の電力需要の28,5%が再生可能エネルギーによって賄われている。これは昨年の同時点と比べて、ほぼ4%上回っている」と、ベルリンの日刊紙「デア・タゲスシュピーゲル」は伝えた。」(みどりの1kWhコラムより)比べて2013年度の日本の再生可能エネルギーの割合は2.2%と目を疑うような低さです。自然環境、技術力共にドイツを上回ると思われる日本なら30%ぐらいは確実に実現できると思うのだけれど、未だ原発を動かそうとする勢力がいてあきれ果てます。それでも稼働する原発がゼロとなって1年。もともと原発は何のために造られたのかとの疑問があらためて浮上します。世界の趨勢を見れば、再生可能エネルギーへの移行は当然の結果で、躊躇する要素は無いはずなのだけれど、思考停止の人たちが国のトップに多くいます。原発が無ければ云々・・・の嘘はそろそろ終わりにして、未来に向かって欲しいものです。

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見ざる聞かざる言わざるでもなくて
2014/09/12  最近どうしてだろうと思うことがあります。見ても何も感じない、聞いても心におちない、そして語るべき言葉がない。そのような人間が増えているのではないだろうかと思うのです。もともともめ事に関わりたくないという自己保身ゆえの見えないふり、聞こえないふり、あえて発言しないというような人間は常にいますが、最近の人間はそれとも違うような気がします。社会や他者に対して淡白というか、無関心というか、平穏で普通の人なんだけれど、反応があまりにも上っ面というか浅いというか。ミハイル・エンデの果てしない物語にあった虚無がこの国に浸透しているのではないかと大げさではなく感じます。人間関係の希薄、夢や希望を持ちにくい環境、経済一辺倒の思考ゆえの精神喪失。インドのガンジーは三猿を用いて「悪を見るな、悪を聞くな、悪を言うな」と説いてまわったと伝えられていますが、その心はいかなる時も邪悪に染まるなと言うような意味であったろうと思います。何事も「見えざる、聞こえざる、言葉が見つからざる」では悪すら認識できず、ただ浮遊しているに過ぎないのではないか。時代環境もあるでしょうが、農薬や食品添加物、遺伝子組み換え食物に放射能汚染などが徐々に人体を蝕んでいるのではないかなどとも想像します。50年に渡る環境汚染の蓄積が人体に何の影響も与えないなどとは考えようもありませんが、この先どうなることやら、日本も世界も生命体としての人間という

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便利さという不自由
2014/09/03  車窓から見る田園風景は50年前とそう変わらなく見える。緑に覆われた山々。遠望する山や川は相変わらずきれいに見える。電車を降りれば素朴な駅舎と日焼けが印象的な素朴な人たちと今も出会うような気がします。でもそれは夢、地方はすっかり変わってしまいました。素朴だけれど味わいのある駅舎はありきたりの建物に変わってしまい、それぞれの町、それぞれの村特有の匂いを無くした駅前はどこか空虚です。閉じられて久しい商店、廃墟のような商店街はどの地方に行っても見られる光景です。車がなければ簡単な買い物1つできない環境。近所とか界隈とか言う言葉も希薄です。果たしてこれがほんとうに日本人が目指して来たゆたかさなんだろうかと考えてしまいます。青い空には白い雲。漠然と見る風景は何も変わらないように見えるけど、よく見れば鳥も虫も犬も猫もずいぶん少なくなって、命はないのに動き回る車と言う怪物だけが増殖。便利さはゆたかさとは違うのではないか?降り立った駅前にはどこにでもあるチェーン店の看板があって、はるばる移動して来た感覚が一瞬にして消え失せます。

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スコールのような雨とサンダーバード
2014/08/24  突然強い雨が降り出して、ぱっと上がる。地球規模の環境変化だと思うけれど、ここ数年の雨の降り方はかなり異常です。雨量が多いことで知られる大台ケ原での体験。突然の豪雨、その滝のような雨量に驚いた事がありましたが、それと同じような雨の降り方が都心部でも見られます。何かおかしい。気候が変です。雨に限りませんが、この先各地で自然災害が多発するのではないかと思います。国際救助隊をふと思い浮かべてしまいます。

広島の大災害。多くの死傷者をだした土砂災害の悲惨さを見て自衛隊を救助隊に変えれないものかとつくづく思います。膨大な軍事費を人命を助けるため、事故や自然災害に対して専門的な知識と機動力を持った救助隊にあてることができたなら、どれだけの命が守られ、助けることができるでしょう。現在の科学力と経済力を持ってすれば50年前にテレビ放送されていたイギリスの人形劇「サンダーバード」のような国際救助隊をつくることだって夢ではありません。サンダーバードが活躍する設定年代は2065年ということですが、原発再稼働や集団的自衛権など血迷ったとしか思えない現政権のていたらくを是正しなければ自然ではなく人的災害によって2065年の日本は暗澹たる状態になっているのではと思うのです。


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土砂災害と安倍首相のゴルフ
2014/08/22  土砂災害。恐ろしいし、ひどい災害だと、絶句してしまいます。想定外の雨量だと言うけれど、近年の雨の降り方は異常だと感じている人は多いはずです。山や丘の乱開発で自然の流水がひずんで危険となった場所はいっぱいあって、急斜面に立つ宅地を見るたびに大丈夫なんだろうかと思う事があります。それにしても広島の土砂災害の一報が入ったあと安倍首相はゴルフへ出かけたとか。危機意識も想像力もない人間だなと思います。原発事故で故郷を失い、未だ立ち行かない人が大勢いると言う事実、原発事故がまだ収束していないと言う事実だけでも原発を推進して来た人間としてゴルフどころではないだろうと思います。土石流に呑み込まれて亡くなった人の無念と愛する人を亡くした家族の悲哀。ほんとうに予防できなかったのか。理不尽です。

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反戦、反核、反原発、どんなシーンでも、合い言葉にしよう。
2014/08/15  「そんなこと話題にすると暗くなる」そんな人も多々いますが、それは逆ではないかと思います。家庭でも、学校でも、職場でも、居酒屋でも、この話題だけは常に確認し合わなければ世の中、それこそ暗くなります。これは政治問題を超えて全ての人間に関わる大問題で、誰1人無関係な人間などいないわけですから。明るい社会を望むなら、自由な人生を歩みたいならこの話題ぐらいはどんな場所でもどんな相手とも語り合って平和を固持したいものです。全ては平和が保たれてこそなりたつものだからです。ブラック企業や格差社会などの悪しき問題もその根っこは戦争や原発とつながっています。

社会的弱者をあえてつくらなければ戦争も原発も成り立ちません。誰が好んで命を落とすかも知れない戦場や致命的な被ばくをするかも知れない原発作業に従事したいでしょうか。格差を深め、経済的に立ち行かない人をあえてつくりあげて危険な作業や軍隊に従事させる。まともな国家がやることではありません。逆に考えれば戦争や原発を無くせばそのような目論みは意味を失います。大きな悪の根を断てば、この社会の多方面に渡る暗い部分が是正されるはずです。それぞれの夢や笑顔があふれる明るい社会のために、反戦、反核、反原発への関心を持つこと。どんなシーンででもこの話題だけはベーシックとして、語り合わなければならない問題だと思います。

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戦争だけは絶対に嫌だ、が総意にならなければ
2014/08/13  映画、文学、音楽、絵画・・・自由な表現こそその真髄です。ただし戦争に関してはそうであってはいけないと思います。戦争に関してだけは1つの共通の思い、表現でなければならないと思うのです。

観た後にあるいは読んだ後に、戦争は何があっても絶対に嫌だ、いけないことだと感じさせることが戦争にまつわる映画や文学の使命であり、意義でなければならないはずです。そうでない映画や文学は命や人間性に対する軽視であり戦争を肯定するプロパガンダの片棒を担ぐようなものです。

戦争の野蛮と残酷さ、人を人でなくしてしまう戦争の実態は九死に一生を得て生き延びた戦争体験者の方々の多くの証言が切実に伝えています。いかに想像力が乏しくとも分る戦争のおぞましさに対して、戦争を知らない世代がしなければならないことは、戦争だけは2度と起こさないという誓と信念を持つことです。

戦争を阻止するためのあらゆる知恵と行動。戦争につながるいかなる気配も見落とさない関心と監視。他国との摩擦は全力の外交努力で解決することが国民の総意とならなければいけないのだと思います。

中東、アフリカ、南米、東欧・・・世界各地で戦火の止まない時はありませんが、反戦が世界全体の総意となって人が人を殺め、人が人でなくなるような戦争が少しでも減じて行くよう、悲惨な戦争体験国である日本が平和のための規範国となってこその美しい国であり、愛すべき国なんだろうと思います。

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ヒューマニストたちの足音
2014/08/06  被爆から69年。被爆者の平均年齢は80歳に迫る中、悲惨な戦争、恐ろし過ぎる原爆の記憶は遠く離れていきます。でも、決して忘れない、2度と繰り返さないとの思いを持ち続ける人たちの足音が聞こえます。

吉永小百合さんは「どういう形にせよ、核の傘に入っているにせよ、あれだけひどい広島、長崎の原爆被害があったんだから、それをみんなしっかり勉強して、どんな状況でも核兵器はノーと言ってほしい」原発については「でも、原子力の発電というのは、特に日本ではやめなくてはいけない。これだけ地震の多い国で、まったく安全ではない造り方、管理の仕方をしているわけですから。どうやって廃炉にしていくかを考えないと」そして「政治が悪いから、と言っている段階ではない気がします。一人一人の権利を大事にし、しっかり考え、自分はどう思うかを語らなければいけない」(2014/08/06朝日新聞)

歌手の加藤登紀子さんは「史実とは、そこに人がいて、何月何日何時何分に何をしたかの積み重ね。だれもがその一翼を担っている。それは戦争も原発事故も同じ」(2014/08/06朝日新聞)と語ります。

被爆体験の証言を重ねる竹本成徳さん(82)は戦争を回避し、核兵器をなくすために何が必要か。との問いに「最後は人間の英知が問われる」と答えました。(2014/08/06毎日新聞)

作家で精神科医の帚木蓬生(ははきぎほうせい)さんは安倍政権の集団的自衛権行使容認の閣議決定に対して「・・・戦争はいったん始まったら制御できないんです。真っ先にやられるのは東京であり、原発ですよ。日本の破局につながり、勝ちも負けもない。戦争が始まったらどうなっていくか、想像する力がいまの社会は弱まっているのではありませんか」(2014/08/06朝日新聞)・・・

これらの意見に共感する人が大勢いるに違いありません。そして平和へと向かう足音は決して小さくないはずです。

820万戸の空家。1800万トンの食品廃棄。なんかおかしいこの日本
2014/08/02  住宅総数の13.5%を占めると言う空家の数は、いろんな場所を歩いていて実感します。打ち捨てられた廃墟のような家もあれば、まだまだ住めそうな立派な家もあります。もし空家の一戸に3人が住んだとしたら2460万人というとてつもない数字になります。相変わらずマンションや戸建ての新築工事が目立つ中、理不尽な感じが伴います。路上で暮らさなければならない人がいるのも現実なのですから。

 

そして5500万トンの食料を輸入に頼る日本が1800万トンもの食料を廃棄している現実。この量は3000万人分(発展途上国なら5000万人分)に相当するといいますから、これまた理不尽です。恥ずかしい話ですが食料廃棄率では世界一の消費大国アメリカを上回るといいます。「食」と「住」、おそらく「衣」についても理不尽な問題があるのだろうと思います。1人1人の生きる姿勢に問題があるのでしょうが、国家としての無策、国家としての姿勢にさらなる問題があるのは否めません。それにしても「なんかおかしい」ことが多過ぎる日本です。

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人類はもっと謙虚な乗客にならなければ・・・
2014/08/01  宇宙によって数十億年に渡って創り上げられた地球という乗り物。搭乗している人類はその乗客のごくごく一部ではあるけれど、番人、管理人、操縦士、あるいは航海士の役割を担っていて未来に向けての責任はとても重いものです。太陽を廻っているだけで、その軌道は決まっているように見えますが、時間という流れの中を可能な限り航海するという意味で、人類の手腕と叡智にかかる重力はますます大きくなります。戦争と飢餓という問題解決に対して未だに培った科学力を発揮できない現状。大自然を守れるだけの知恵と技術は備わっているのに愚かにも逆行する現代文明。科学は経済ではなく芸術や哲学の香りに包まれなければ、そしてそれらを基盤としなければあらぬ方向へと走ります。そして科学の暴走はこのかけがえのない地球の難破、破壊へとつながるのですから、恐ろしいことです。地球の歴史から見ればごくごく新しい人類という乗客。この宇宙船地球号に乗せてもらっているという謙虚さがあまりにも足りないのではないかと思うのです。

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おかしいことが多過ぎる原発の過去と今
2014/07/26  「2014/07/26河北新報/氷投入で汚染水増 トレンチ止水難航 福島第1」http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201407/20140725_63022.html氷の投入はトレンチの汚染水の水温を下げ、凍結を促すのが目的。東電は同日、トレンチ内に氷約2トンを試験的に投入。ドライアイス約1トンも入れ・・・ほんとうに大丈夫なんだろうかと思います。そう言えば過去に似たようなケースがありました。「2011/04/04日本経済新聞/福島原発、汚染水止まらず 入浴剤使い出元確認へ 」http://www.nikkei.com/article/DGXNASGG04007_U1A400C1MM0000/おがくずや新聞紙を細かく裂いたものも入れたが、4日朝になってもピットからの汚染水の流れは止まっていない。・・・あの時は入浴剤におがくず、新聞紙におむつまで入れたと報道されて、科学技術の最先端である原子力発電所とその事故対応のお粗末さにあぜんとした人も多かったはずです。何かおかしい、どこかが狂っている、原発にまつわる背景や現実にはいくつもの疑問符がつきます。

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なんとも奇妙な人間のタイプ
2014/07/22  原発村の学者もそうだし、環境問題で資本家や権力者側に組する発言をする学者や悪事を働く医者、弁護士などが後を絶たないけれど、いったい何が彼らをそうさせるのか。そんなことを考えていたらオルティガ・ガセットの本の中にこんな文章を見つけました。

「かって・・・人間は単純に知識のある者と無知なるもの、多少とも知識がある者とどちらかといえば無知なるものの2種類に分けることができた。ところが、この専門家なるものは、そのいずれの範疇にも属しえないのである。彼は自分の専門領域に属さないことはいっさいまったく知らないのだから知者であるとはいえない。しかし、かといって無知者でもない。というのは彼は「科学の人」であり、彼の領域である宇宙の小部分はよく知っているからである。われわれは彼を知者・無知者とでも呼ばねばなるまい。これはきわめて重大な問題である。というのは、この事実は、彼は、自分が知らないあらゆる問題において無知者としてふるまうのではなく、そうした問題に関しても専門分野において知者である人がもっているあの傲慢さを発揮するであろうことを意味しているからである」・・・

「文明が彼を専門家に仕上げた時、彼を自己の限界内に閉じこもりそこで慢心する人間にしてしまったのである。しかしこの自己満足と自己愛の感情は、彼をして自分の専門以外の分野においても支配権をふるいたいという願望にかりたてることとなろう。・・・」

「わたしが大衆人の特性として繰り返し述べてきた(人の言葉に耳を貸さない)、より高度な審判にも従わないという傾向は、まさにこの部分的資質をもった人間においてその極に達するのである・・・」(オルティガ・イ・ガセット著/神吉敬三訳:大衆の反逆、第一部・第12章、専門主義の野蛮性より抜粋)

引用が長くなってしまいましたが、この文を読んだ時に一部学者、政治家などの知識人における野蛮性と言ってもいい側面が理解できました。悪夢のような安倍首相を始めとする政権の傲慢さ、そして盲目ぶりも結局は自らの大衆性以外のなにものでもないのだろうと思います。

それにしても1930年に当時のヨーロッパに対して書かれた内容が今の日本にそのまま当てはまる部分が多いのには驚かされますが、日本は歴史を逆行しているのではないかと、今の安倍政権を見ていると思わざるえません。悪夢が現実とならないよう、1人1人が偏らない知識を持たなければならないと思うのです。

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無関心という名の病気と治療法
2014/07/12  病気である以上治療する方法はあって、もしその方法が現状で見つからないのなら研究されなければなりません。無関心という名の病気は、明らかにその原因は分っていますし、感染経路も特定できます。伝染病とは言い切れませんがその要素は多分にあります。個人がその個性や純粋な疑問を失った時に簡単に感染してしまう病気だからです。誰でも子供の頃、学生の頃を思いだせば分るはずです。月がきれい、海がきれい、空がきれい・・・友人の悩みを共有したり、社会の理不尽を「それはおかしいね」と疑問を持ったり、それは誰でもあったはずです。

無関心という病気にたいする耐性を子供はみんな持っています。それがある時に、人によって年代は様々ですが、その耐性を失ってしまいます。それが就職が機であったり、結婚が機であったり、学問や職業が機であったり、さまざまです。ただ共通するのは閉鎖的な思考だと思います。エゴイズムの確立と言ってもいいかも知れません。知識のない何も知らない子供のエゴとは大きな違いがあります。もともとあった面白いこと、大自然や大宇宙に対する好奇心が欠落してしまった結果ですから。子供の頃の好奇心がそのまま保たれ、知識や人生の機微を学び取った大人なら、環境や命に関わる問題に無関心でいられるはずはありません。

だって、科学であれ芸術であれ哲学であれ、経済であれ、すべて命あってのものなんですから。無関心の治療法はまず子供の心を思いだすこと、次に愛することの意味を考えること、そして自分が生きる、自分の命を大切にすることです。伝染力の強い病気ではありますが、治療法もまた強力です。愛は無関心を治癒するワクチンです。子供の心は偏狭を打ち破る教科書です。そして自分を大切にすることはエゴイズムに対する抑止です。戦争、放射能汚染、環境汚染。どれも絶対にあってはならないものですし、人間が阻止できるものです。そのための条件として、無関心と言う名の病気を世界から無くすこと、まず先進国に住む住人から無くすことだと思うのです。

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平和と非暴力、それは日本人の誇りではなかったのか
2014/07/04  ワーストの多い日本だけれど、世界平和度指数はフィンランド、カナダについで世界8位です。男女平等度ランキングはブルキナファソ、カンボジアについで105位で報道の自由度ランキングは韓国、チリについで59位。(世界のランキング/世界経済のネタ帳)http://ecodb.net/ranking/

よく知られているように食料の廃棄率では消費大国アメリカをも上回り、廃棄量は年間1800万トンでこれは途上国の5000万人分(年間)に当たるというのですから、絶句です。可哀想な犬や猫たち。日本では動物の殺処分数が年間20万頭。ドイツの殺処分ゼロは有名ですが、イギリスでも年間7000頭ですからこれも絶句です。他にどれだけのワーストがあるのだろうと怖くなります。

それでも平和憲法の下、戦後70年をかけて築いてきた平和と非暴力という誇りがあります。先進国として恥ずかしい社会状態もありますが、もっとも大事な平和と非暴力というキーワードに関しては胸を張れます。今までは・・・。集団的自衛権の行使容認。安倍政権がやっていることは、日本人にとって致命的な精神的ダメージをもたらすだろうと思います。憲法九条の平和主義こそ日本人の精神的基盤だと思うからです。平和でありさえすれば国の形態はいかようにも修正できます。先述のワーストも改めることはできます。何があっても平和主義だけは守らなくてはならないと思います。

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「集団的自衛権の行使」容認。歴史的汚点と国としての後退
2014/07/02  武力では何も解決できないと世界が気づき始めたこの時代に何と言う馬鹿げた逆行だろうと悲しくなります。世界が日本に期待し、日本が世界に誇る平和憲法の根幹をぐらつかす暴挙です。人類究極の悲願としての平和。平和主義を規定した憲法九条は未来のための世界的規範となるべく、素晴らしい内容です。「戦争の放棄」「戦力の不保持」「交戦権の否認」九条に規定された要素は世界の全ての国が未来に向けて目指さなければならないもので、まさに先進的な憲法です。その重みは自国のみならず世界に対する重みでもあります。70年もの間、戦争で誰も殺さず、殺されずに命を守り続けた尊い精神的基盤です。

そんな重要な憲法を時の政権が軽々に触れることなど絶対にあってはいけないことですが、安倍政権は一線を越えてしまいました。安倍晋三首相が何故に戦争ができる国へと変えたいのか、それが本意なのか圧力なのか分りません。作家の森村誠一さんが朝日の声欄に投稿された文に・・・「それなのに、急いで恣意(しい)的に9条を葬ろうとしている魂胆は、どこにあるのでしょうか。思うに、(1)「支持率が高いうちに」というタイミング(2)祖父の岸信介元首相から引き継いだ改憲への私的執念(3)右派の側近や支持団体の圧力(4)歴代内閣ができなかった解釈改憲をやって歴史に名を残すという野心――といったところでしょう。」と書かれていましたが、どうしようもない低次元の動機です。

国民の命を左右し、国の未来を決定づけるかもしれないこの上なく重要な問題に対して一国の首相が胸に描くべきものではないだろうし、アメリカを始めいかなる圧力がかかろうとも影響されてはいけない、それほど大事な問題であるはずです。これはおかしい、危ないと気づいた国民1人1人が自らと日本の未来のため、こんな馬鹿げた政策には「ノー」を集積して反故にさせなければなりません。そしてもしことが起これば戦地や危険な場所で恐怖し苦しむのは未来ある若者であり、決して政治家ではないことを国民は肝に銘じておかなければいけないと思います。

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未来を生きる若者への言葉
2014/07/01  ドイツオペラ界を代表するテノール歌手、ルネ・コロが来日し、インタビューで「歌手が最も大切にすべきは「ノーという勇気」と語る。コンクールに勝ち、脚光を浴びてやみくもにレパートリーを増やし、声帯を痛めて歌えなくなる若手は後をたたない。「仕事が来なくなることより、使い捨てにされることを恐れてほしい。教師次第で声は、生涯熟成を重ねてゆける・・・」(07/01朝日新聞朝刊)と語りました。この言葉は声楽の世界だけではなく、未来ある若者全てが心がけるべき姿勢であると感じました。短絡的な世界に埋没しなければ生きて行けないような強迫観念を与える社会ではありますが、長い人生、そして未来を考えれば何が大切かは明らかです。音楽に限らず、あらゆるジャンルにおいて「人間がもっとも大切にすべきは「ノーという勇気」そして考え方次第で心もまた生涯熟成を重ねてゆける生き物だと思うのです。

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MEMO/13
MEMO/15

原発とヒューマニズム14/2014年07月01日から
原発は人道的にも科学的にも経済的にも間違った選択です。様々な社会悪の権化とも言える原発を止めれば、もっとゆたかな未来へと進むための新たな道が開けるはずです。

みどりの1kWh/ドイツから風にのって

「人類が生き残っていく道、持続可能エネルギーだけ」 チョムスキー、上智大で講演

とめよう戦争する国づくり(2014/03/09赤旗日曜版)ジャーナリスト、鳥越俊太郎

(声)個を育てる教育改革が必要だ(2014/03/04朝日新聞)

「平和と繁栄」の後で シカゴ大名誉教授ノーマ・フィールドさん

週刊金曜日
原発がどんなものか 知って欲しい
祝島ホームページ
環境と原子力の話
高木学校
グリーンピース
GREEN ACTION

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