アメリカ America
北アメリカ大陸および北太平洋に位置する連邦共和国である。国土は、北アメリカ大陸中央部の大西洋と太平洋に挟まれた本土(48州と連邦政府直轄地である首都ワシントンD.C.)、大陸北西部のアラスカとアリューシャン列島(アラスカ州)、太平洋のハワイ諸島(ハワイ州)。さらに本国の他に、プエルトリコやグアム島などの海外領土を領有する。
■ワシントンD.C.
中心部には高さ169メートル(約555フィート)のワシントン記念塔がある。同国東海岸、メリーランド州とヴァージニア州に挟まれたポトマック川河畔に位置する。狭隘だが、国際的に強大な政治的影響力のある世界都市であり、金融センターとしても高い重要性をもつ。"D.C." は "District of Columbia"(コロンビア特別区)の頭文字で、南アメリカのコロンビア共和国と同様、アメリカ大陸を発見したクリストファー・コロンブスにちなんだ名である。この地に先住したインディアン部族はコノイ族、デラウェア族、ナンチコーク族、ポウハタン族、ショーニー族、サスケハンナ族など。そのことごとくがアメリカ政府に虐殺され、19世紀には他州へと強制移住させられた。
■ニューヨーク
New York City; NYCは、アメリカ合衆国ニューヨーク州にある市の一つである。1790年以来、同国最大の都市であり、市域人口は800万人を超え、広域都市圏人口では2,208万人を抱える、世界有数のメガシティである。ニューヨーク市の飲料水は、キャッツキル山地の集水域からキャッツキルアケダクトなどのトンネルを経て供給されている。集水域の清浄さと、天然の水濾過により、水処理プラントによる飲み水の浄化を必要とせず、そのような都市はニューヨーク市を含めアメリカ国内に四つしかない。
■ジョン・F・ケネディ国際空港
John F. Kennedy International Airportはニューヨーク市クイーンズ区のジャマイカ湾に面した国際空港である。
■マイアミ国際空港
Miami International Airportはアメリカ合衆国フロリダ州のハイアリア, ドラール, フォンテンブロー, 及びマイアミスプリングスの郊外の間にある地方自治体に編入されてないマイアミに位置する国際空港である。
■シカゴ・オヘア国際空港
Chicago O'Hare International Airportはアメリカ合衆国イリノイ州シカゴ市にある国際空港。空港の建設は第二次世界大戦中の1942年に行われた。これは、ダグラスC-54輸送機の製造工場用の飛行場であった。
■サンフランシスコ国際空港
San Francisco International Airportは、アメリカ合衆国カリフォルニア州サンフランシスコ市から南に約21キロメートル(13法定マイル)に位置する国際空港である。
■ホノルル国際空港
Honolulu International Airportは、アメリカ合衆国ハワイ州オアフ島のホノルル近郊にある国際空港。
■ジェネラル・エドワード・ローレンス・ローガン国際空港
General Edward Lawrence Logan International Airportはアメリカ合衆国マサチューセッツ州ボストン市にある国際空港。
■テッド・スティーブンス・アンカレッジ国際空港
Ted Stevens Anchorage International Airportは、アメリカ合衆国アラスカ州アンカレッジにある国際空港。
■シアトル・タコマ国際空港
Seattle-Tacoma International Airportはワシントン州道518及び99号線の交差点のアメリカ合衆国ワシントン州シアトル市に位置する国際空港である。
外務省:アメリカ合衆国
在アメリカ合衆国日本国大使館
■サンフランシスコ
San Franciscoは、アメリカ合衆国西海岸にあるカリフォルニア州の北部に位置する都市であり、アメリカ西海岸を代表する世界都市の一つである。
■インディアン部族
サンフランシスコの沿岸部から山間部、モントレーには、スペイン人が「コスタノ族」と名付けたインディアン部族の「オーロネ族」が、葦を編んで家屋やカヌーを作り、漁猟や狩猟採集を営んで生活していた。しかし、19世紀に押し寄せた白人による土地収奪によって衰退し、20世紀初頭には「絶滅した」として、保留地(Reservation)など、アメリカ連邦政府との連邦規定に準ずるすべての権利を剥奪された。
彼らの伝統的な墓地と貝の土塁は「遺跡」扱いされて1980年代に破壊され、部族の猛抗議を無視してショッピング・センター「ベイ・ストリート・モール」が建てられた。この「遺跡」から奪われたオーロネ族の先祖数万人分の遺骨は、カリフォルニア大学バークレー校で展示されている。
■セントラル・パーク
Central parkはニューヨークのマンハッタンにある都市公園。南北4km、東西0.8kmの広さがある。周囲の摩天楼で働き暮らすマンハッタンの人々のオアシスとなっており、映画やテレビの舞台としても度々登場するため世界的にも知られるようになった。この公園はフレデリック・ロー・オルムステッドとカルヴァート・ヴォークス( Calvert Vaux)によって設計された。公園内はまるで自然の中にいるように錯覚する風景だが、高度に計算された人工的なものである。
■セントポール
Saint Paulは、アメリカ合衆国ミネソタ州東部に位置する都市。同州の州都であり、ミネアポリスに次ぐ州第2の都市である。人口は285,068人(2010年国勢調査)。市名は1841年に建てられたセントポール大聖堂に由来している。
■ボストン
Bostonアメリカ合衆国北東部にある都市。マサチューセッツ州の州都、サフォーク郡の郡庁所在地で、同州最大の都市である。また、アメリカで最も歴史の古い街の一つである。ニューイングランドの中でも最大の都市で、同地域の経済的・文化的中心地と考えられており、「ニューイングランドの首都」と言われることもある。
■シカゴ
Chicago、アメリカ合衆国イリノイ州の大都市で、ミシガン湖の南西岸に位置する。北米屈指の世界都市であり、州内はもとより中西部でも最大の都市であり、市の人口は約269万人(米国の2010年版国勢調査)である。シカゴのあるイリノイ川河口地点は、古くからインディアン部族の交易の場として機能していた。一番古い記録では1673年にフランス人伝道師が訪れている。
■ジャクソンビル
Jacksonvilleは、アメリカ合衆国フロリダ州北東部、フロリダ半島の東の基部に位置する商工業都市。人口は913,124人(2009年)で、市域のみなら同州最大となっている。一方、都市圏(MSA)では1,525,228人(2009年)であり、マイアミ、タンパ、オーランドに次いで州内で4番目となる。
■マイアミ
Miamiは、アメリカ合衆国フロリダ州の主要都市で、州の南端に位置する。マイアミとその都市圏はマイアミ川(Miami River)・ビスケーン湾・エバーグレーズ・大西洋に囲まれた地域に位置している。同市はフロリダ州最大の人口を誇る郡であるマイアミ・デード郡の郡庁所在地、かつ最大都市。
■ロサンゼルス
Los Angelesは、アメリカ合衆国カリフォルニア州の都市。ニューヨークに次いで全米2位の人口規模を持ち、アメリカ西海岸を代表する世界都市の一つである。もともとは沿岸部で、トングヴァ族、チュマシュ族、カフイラ族、モハベ族、クメヤーイー族などのインディアン部族が豊富な漁猟資源を糧に漁猟採集生活を営んでいた。
■マサチューセッツ工科大学
Massachusetts Institute of Technologyは、米国マサチューセッツ州ケンブリッジ市に本部を置くアメリカ合衆国の私立大学である。1865年に設置された。マサチューセッツ州ケンブリッジ市に本部を置く私立大学。ノーベル賞受賞者を多数輩出している(2010年まで77名。この数はコロンビア大学、ケンブリッジ大学、シカゴ大学に次ぐ。
■コロンビア大学
Columbia Universityは、米国ニューヨーク州ニューヨーク市マンハッタン区に本部を置くアメリカ合衆国の私立大学である。1754年に設置された。 全米で5番目(勅許ベース)に古いアイビー・リーグの一校。世界的な研究大学としてノーベル賞受賞者を世界最多の97名輩出するなど全世界から多くの研究者、留学生が集まっている。
■シカゴ大学
(The University of Chicago)は、アメリカ合衆国イリノイ州シカゴ市にある私立大学。世界でトップレベルといわれる大学の一つ。 設立当初から研究に重点が置かれており、ノーベル賞受賞者を多数輩出している。建造物の多くは19世紀後半に石灰岩でゴシック・リヴァイヴァル建築を採用して建てたもので、キャンパス中心部のデザインには、オックスフォード大学や、ケンブリッジ大学のそれを模倣されたものが多くある。初夏のキャンパスには、夕べに、蛍が飛び交う。
■オベリン大学
Oberlin College、は、アメリカ合衆国オハイオ州オーバリンに本部を置くアメリカ合衆国のリベラル・アーツ・カレッジ大学である。1833年に設置された。オーバリンの大学と町は、1833年に長老派教会の牧師によって設立され、アルザスの牧師ヨハン・フリードリヒ・オーベルリーンにちなんでオベリンと命名された。
■イェール大学
Yale Universityは、米国コネチカット州ニューヘイブン市に本部を置くアメリカ合衆国の私立大学である。1701年に設置された。モットーは"Lux et Veritas"(ラテン語「光と真実」) である。アメリカで最初に設立されたハーバード大学では単にVeritas(「真実」)であったが、ハーバードの世俗化を批判して創設されたイェールではこれにLux(「光」)を付け加えた。
■ハーバード大学
Harvard Universityは、アメリカ合衆国マサチューセッツ州ケンブリッジ市に本部を置くアメリカ合衆国の私立大学である。1636年に設置された。アイビー・リーグの一校。米国で最も古い高等教育機関であり、世界を幅広い分野でリードする。現在に至るまでオバマ大統領を含め7人のアメリカ合衆国大統領や、74人のノーベル賞受賞者を輩出している。
■ペンシルベニア大学
University of Pennsylvaniaは、米国ペンシルベニア州フィラデルフィア市に本部を置くアメリカ合衆国の私立大学である。1755年に設置された。常に米国大学ランキングでトップ3またはトップ5にランクインし、世界大学ランキングではトップ10に入り、米国を代表する名門大学として不動の地位を保っている。
■カリフォルニア美術大学
California College of the Arts)は、アメリカ合衆国カリフォルニア州サンフランシスコにある私立の美術大学。CCAの略称で知られていて、各学部から優れた人材を輩出している。
■サンフランシスコ州立大学
San Francisco State Universityは、アメリカ合衆国カリフォルニア州サンフランシスコ市レイクマーセド地区に本部を置くアメリカ合衆国の公立大学である。1899年に設置された。
■ウィリアム・アンド・メアリー大学
(College of William & Mary; W&M)は、アメリカ合衆国バージニア州ウィリアムズバーグに位置する公立大学。米国に於いては、ハーバード大学に次いで2番目に古い歴史を誇る大学である。1693年にイングランド王ウィリアム3世と女王メアリー2世による認可に基づき創設された。この大学からはアメリカ合衆国大統領のトーマス・ジェファーソン、ジェームズ・モンロー、ジョン・タイラーが卒業。
■カリフォルニア工科大学
California Institute of Technologyは、アメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルス郡パサデナに本部を置くアメリカ合衆国の私立大学である。1891年に設置された。
■アイオワ州立大学
Iowa State Universityは、アメリカ合衆国アイオワ州エイムズに所在する州立総合大学。1858年に設置された。
■ハワイ州
太平洋に位置するハワイ諸島にあるアメリカ合衆国の州である。ハワイ島、マウイ島、オアフ島、カウアイ島、モロカイ島、ラナイ島、ニイハウ島、カホオラウェ島の8つの島と100以上の小島からなるハワイ諸島のうち、ミッドウェー環礁を除いたすべての島が、ハワイ州に属している。
■ホノルル
Honoluluは、アメリカ合衆国ハワイ州の都市。同州の州都で、最大都市である。かつてはハワイ王国の首都がおかれていたこともあるハワイ州及びオアフ島最大の都市で、アメリカの太平洋地域における経済、政治、文化の中心である。
■ハワイ王国
Kingdom of Hawai‘iは1795年から1893年までハワイ諸島に存在した王国である。1893年の革命で共和制となり、1898年にはアメリカ合衆国に併合されて消滅した。カメハメハ2世の治世の1820年にキリスト教のアメリカン・ボードから派遣された宣教師が相次いでハワイを訪れた。これはちょうどその頃生じていた宗教的な混乱と時期が重なり、ハワイのキリスト教化が進んだ一方、ハワイの古くからの宗教は衰退した。
■フィラデルフィア
Philadelphiaは、アメリカ合衆国ペンシルベニア州南東部にある都市。フィラデルフィア郡の全域を占めるペンシルベニア州最大の都市である。同市は名門ペンシルベニア大学や工学系に強いドレクセル大学、日本にもキャンパスを置く、州立大学のテンプル大学を抱えるなど学術都市でもある。市域内に約12万人、都市圏全体では約30万人の学生を抱える、全米でも最大の学生人口を持つ都市のひとつである。
■ヒューストン
Houstonは、アメリカ合衆国テキサス州南東部に位置する都市。ヒューストンは1836年8月30日にオーガストゥス・チャップマン、ジョン・カービーのアレン兄弟によってバッファロー・バイユーの河岸に創設された。市名は当時のテキサス共和国大統領で、サンジャシントの戦いで指揮を執った将軍、サミュエル・ヒューストンから名を取って付けられた。
■フェニックス
Phoenixは、アメリカ合衆国のアリゾナ州中心部に位置する州都で、同州最大の都市でもある。人口は 1,321,045 人(2000年国勢調査)で、2007年現在の推計人口は 1,552,259 人と急増している。1867年に灌漑事業と共に創設され、原住民のホホカム族の遺跡の上に、白人開拓者らが都市を創設。
■サンディエゴ
(San Diego) は、アメリカ最南西端に位置する街。カリフォルニア州に属し、西は太平洋、南はメキシコに面する。人口122万人余 (Census 2000) を擁し人口の面では全米7位、カリフォルニア州でロサンゼルス市に次ぐ第2位の市。アメリカ西海岸有数の世界都市でもある。
■ダラス
Dallasは、アメリカ合衆国テキサス州の北部に位置する商工業都市。エルム川とウェスト川の両河川の合流地帯にあり、古くから交通の拠点として発展し、今日でも金融、経済の中枢として機能する。同市の名前は第11代副大統領ジョージ・ダラスに因んで命名された。
■サンアントニオ
(San Antonio) は、テキサス州南部に位置する都市。人口は126万人(2005年)で、近年特に人口が急増している都市の1つとなっており、全米有数の大都市である。テキサス独立戦争の戦跡であるアラモ砦や近年特に人気が高いリバー・ウォークなどがあり、年間1000万人以上が訪れる全米有数の観光都市としても発展している。
■ジュノー
(Juneau)は、アメリカ合衆国アラスカ州の州都である。アラスカ州南東部の大陸本土に位置する。ガスティノー海峡 (Gastineau Channel) を挟んだ対岸にはアレキサンダー諸島のダグラス島があり、背後にはジュノー山がそびえる。人口は3万1118人(2004年推計)で、アラスカ州第3の都市である。
■モンゴメリー
(Montgomery、モントゴメリーとも)は、アメリカ合衆国アラバマ州モンゴメリー郡にある都市。アラバマ州の州都、モンゴメリー郡の郡庁所在地で、アラバマ州第二の都市である。市名はアメリカ独立戦争で戦死したリチャード・モントゴメリー将軍にちなむ。
■ポカテッロ
Pocatello、は、アメリカ合衆国アイダホ州南東部のバノック郡で最大かつ州内では5番目に大きな都市である。隣接するパワー郡に入るホール砦インディアン居留地を含んでいる。バノック郡とパワー郡に跨るポカテッロ都市圏の主要都市である。ポートヌッフ川に沿ったポカテッロの部分に、19世紀初期にヨーロッパ人が到着するまではショショーニ族とバノック族インディアンが居住していた。
■サンノゼ
San Joseは、アメリカ西海岸、カリフォルニア州北部、サンフランシスコ湾南岸の都市。IT企業が多く集まるシリコンバレーの中心的都市である。20世紀になってからサンフランシスコ都市圏の拡大により、人口が急増。1970年代に人口45万人を突破した。1970年代後半からはシリコンバレーの中心地となり、20世紀末からのアメリカ経済復興の狼煙を上げた。
■アンカレッジ
Anchorageはアメリカ合衆国アラスカ州南岸の都市。同市の主要産業は、州の主要産業でもある石油・天然ガスの採掘とその関連事業である。ほかに金融・通信の中枢としても発達している。
■リトルロック
Little Rockは、アメリカ合衆国アーカンソー州の州都。同州の最大都市で、人口は187,452人(2008年)。同州中央部、アーカンソー川の南岸に位置する。
■デモイン
(Des Moines)は、アメリカ合衆国アイオワ州中央部に位置する都市。同州の州都、およびポーク郡の郡庁所在地であり、かつ州内最大の人口を抱える都市である。
■スーシティ
Sioux Cityは、アメリカ合衆国アイオワ州西部のプリマス郡とウッドベリー郡に跨る都市である。意味は「スー族の街」である。現在スーシティとなっている地域には、スペインやフランスの探検家が現れるまでの数千年間、インディアン民族が住んでいた。
■トリンギット
Tlingitはインディアン部族の一つで、アラスカ、カナダの先住民族。アラスカからカナダのブリティッシュ・コロンビア、ユーコン川流域の太平洋沿岸の海と山に挟まれた環境に住み、発達した母系の狩猟採集社会を構築していた。鮭やクジラを獲って暮らし、ポトラッチやトーテムポールの風習で知られる。
■アラスカ州
Alaskaは、アメリカ合衆国最北端にある州。アリューシャン列島を含む。北アメリカ大陸北西の端にあり、ハワイ州を除いた他の48州とはカナダを挟んで飛地になっている。アメリカ合衆国の州の中では面積最大であり、東はカナダ、北は北極海、西と南は太平洋と接し、西のベーリング海を隔ててロシアとも海上の国境がある。
■アリゾナ州
Arizona は、アメリカ合衆国の南西部にある州である。地域区分としてはロッキー山脈西部およびアメリカ合衆国西部にも含められる。領域の4分の1以上は連邦信託地となっており、ナバホ族、ホピ族、トホノ・オーダム族とアパッチ族、さらにはヤヴァパイ族、クチャン族、フアラパイ族などユマン部族の土地になっている。
■シカゴ現代美術館
Museum of Contemporary Art, Chicago、は、アメリカ合衆国イリノイ州シカゴにある現代美術館。シカゴダウンタウン北部のニア・ノース地域、ストリータービル(Streeterville)地区に所在し、シカゴ・ウォーター・タワーに近い。1967年創設のMCAは、世界最大級の現代美術の場であり、第二次大戦後作成のビジュアルアートのコレクションは数千点に及ぶ。
■シカゴ交響楽団
The Chicago Symphony Orchestra 略称:CSOはアメリカ合衆国イリノイ州シカゴを本拠地とするオーケストラ。創立は1891年、ニューヨーク・フィルハーモニックのヴァイオリン奏者の経歴を持つセオドア・トーマスが設立した。初の演奏会は1891年10月16・17日に行われている。初代音楽監督はセオドア・トーマス、最初のオーケストラの名称は「シカゴ管弦楽団」(Chicago Orchestra)であった。
■国名
正式名称は、The United States of America。通称は、the United States。略称は、the U.S. または the USA。口語では America または the States と呼ぶ場合もある。国名の America は、アメリカ大陸の名、すなわち、イタリア人の探検家アメリゴ・ヴェスプッチのラテン語名から付けられた。
1.面積:371.8万平方マイル(962.8万平方キロメートル、50州・日本の約25倍)(内水面18.1万平方マイル)
2.人口:3億875万人(2010年4月 米国国勢局)
3.首都:ワシントンD.C.
4.言語:主として英語(法律上の定めはない)
5.宗教:信教の自由を憲法で保障、主にキリスト教
1776年 独立宣言
1783年 英国が独立を承認
1787年 合衆国憲法制定
1789年 初代大統領ワシントンの選出・就任
2009年 オバマ第44代大統領就任
■主要産業:工業(全般)、農林業(小麦、トウモロコシ、大豆、木材他)、金融・保険・不動産業、サービス業
■主要貿易品目(1)輸出: 自動車、同部品、半導体、コンピューター関連製品、航空機、電気機器(2)輸入: 自動車、同部品、原油、コンピューター関連製品、医薬品、衣料品
■アメリカ合衆国ドル
United States Dollar)は、アメリカ合衆国の公式の通貨である。通称としてUSドル、米ドル、アメリカ・ドルなどが使われる。アメリカ以外のいくつかの国や地域で公式の通貨として採用されているほか、その信頼性から、国際決済通貨や基軸通貨として世界で最も多く利用されている通貨である。
■連邦捜査局
Federal Bureau of Investigation、FBIは、アメリカ合衆国の法執行機関。司法省に所属している。テロ・スパイなど国家の安全保障に係る公安事件、連邦政府の汚職に係る事件、複数の州に渡る広域事件、銀行強盗など莫大な被害額の強盗事件などの捜査を担当する。逮捕権のみで起訴権をもたない。職員を 10,000 人以上かかえ、主にアメリカ国内で捜査を行う。なお、連邦検察局というのは誤訳で、検察は日本同様、連邦から各市・郡レベルまで別に存在する。
■中央情報局
Central Intelligence Agency, 略称:CIA)は、中央情報局長官によって統括される、対外諜報活動を行うアメリカ合衆国の情報機関の1つ。中央情報局(以下、「CIA」)は、アメリカ合衆国大統領(以下、「大統領」)の直轄組織であり、米軍やその他米国政府内の情報機関からは独立して存在している。CIA自身が収集した情報の他に、国家安全保障局や国家偵察局、国防情報局(DIA)、各軍の情報部、財務省情報部、原子力委員会情報部などからの情報を集めて分析し、大統領と国家情報長官に報告する。
■全米ライフル協会
National Rifle Associationはアメリカ合衆国の銃愛好家の市民団体で事実上の圧力団体(利益団体)である。略称はNRA。結成当時、コルト・ファイヤーアームズや軍・司法機関・連邦政府と結託して準公的機関と装って銃器を普及させた事に協会活動は始まる。スミス&ウェッソンやレミントン・アームズなどの政府や軍と取引の多い銃、武器メーカーからの潤沢な援助を受けている他、政府への献金も行っており、共和党の保守層を中心に有力な政治家の会員も多く、間接的ではあるが政治的な発言力は強い。
■アメリカ合衆国のニュース・メディア
アメリカには数千の新聞社が存在する。国内全域で入手可能な全国紙はニューヨーク・タイムズ、ウォールストリート・ジャーナル、USAトゥデイなどがある。アメリカでは伝統的に全国紙よりも地方紙が好まれる。地方地は紙面全ての記事を自社のみで作成するのは不可能であり、シンジケートと呼ばれる通信社から記事を購入する。シンジケートの代表例としては、ニューヨークタイムズ・ニューズ・サーヴィス、トリビューン・メディア・サーヴィス、ノース・スター・ライターズ・グループなどがある。
■共和党
Republican Partyは、アメリカ合衆国の政党。国際民主同盟加盟。民主党とともにアメリカ合衆国の二大政党制を構成する。一般的にはリベラルの立場を取る民主党とは対立し、保守主義の立場を取る中道右派政党である。
■民主党
Democratic Partyはアメリカ合衆国の政党。共和党と共に二大政党制を構成する政党である。2011年現在の与党。上院において多数派を占める 。その発足当初は対立する共和党が北部を中心とした近代産業の振興の立場を取るのに対して、民主党は南部を中心とした勢力を支持基盤に持ち、南部の農場主等の権益の擁護を中心としていた。
■モンロー主義
Monroe Doctrineは、アメリカ合衆国がヨーロッパ諸国に対して、アメリカ大陸とヨーロッパ大陸間の相互不干渉を提唱したことを指す。第5代アメリカ合衆国大統領ジェームズ・モンローが、1823年に議会で行なった7番目の年次教書演説で発表した。モンロー宣言と訳されることもあるが、実際に何らかの宣言があったわけではないので、モンロー教書と表記されることも多い。
■マッカーシズム
McCarthyismとは、1950年2月にアメリカ合衆国上院で、共和党議員のジョセフ・レイモンド・マッカーシーが、現在では「205人の共産主義者が国務省職員として勤務している」と告発したと伝えられる演説を契機に、ハリウッド映画界などをも巻き込んで大規模な「赤狩り」に発展した事件。後にはニューディーラーまで対象となった。演説の正確な記録は無く、諸説ある。
■パクス・アメリカーナ
Pax Americana (パークス・アメリカーナ)とは、「アメリカの平和」という意味であり、超大国アメリカ合衆国の覇権が形成する「平和」である。ローマ帝国の全盛期を指すパクス・ロマーナ(ローマの平和)に由来する。「Pax」は、ローマ神話に登場する平和と秩序の女神である。
■イラク戦争
2003年3月20日よりアメリカ合衆国が主体となり、イギリス、オーストラリアに、工兵部隊を派遣したポーランドなどが加わる有志連合が、イラク武装解除問題の進展義務違反を理由として『イラクの自由作戦』の名の下にイラクに侵攻したことで始まった戦争である。
■世界金融危機
the global financial crisisは、サブプライムローン問題(サブプライム住宅ローン危機)を切っ掛けに、2007年のアメリカの住宅バブル崩壊に端を発し、2012年現在に至るまで続いている国際的な金融危機のことである。これを発端とした経済不況の世界的連鎖は世界同時不況とも呼ばれる。
■マーティン・ルーサー・キング・ジュニア
Martin Luther King, Jr., 1929年1月15日−1968年4月4日はアメリカ合衆国のプロテスタントバプテスト派の牧師である。キング牧師の名で知られ、アフリカ系アメリカ人公民権運動の指導者として活動した。「I Have a Dream」(私には夢がある)で知られる有名なスピーチを行った人物。1964年のノーベル平和賞受賞者。2004年の議会名誉黄金勲章受章者。キングの提唱した運動の特徴は徹底した「非暴力主義」である。インド独立の父、マハトマ・ガンディーに啓蒙され、自身の牧師としての素養も手伝って一切抵抗しない非暴力を貫いた。
■マルコムX
Malcolm X, 1925年5月19日 - 1965年2月21日 は、アメリカの黒人公民権運動活動家。ネーション・オブ・イスラム (NOI) のスポークスマン、ムスリム・モスク・インク (Muslim Mosque, Inc.) およびアフリカ系アメリカ人統一機構 (Organization of Afro-American Unity) の創立者でもある。出生名はマルコム・リトル (Malcolm Little) 。非暴力的で融和的な指導者だったキング牧師らとは対照的に、アメリカで最も著名で攻撃的な黒人解放指導者として知られている。
■マサソイト
Massasoit、別名「黄色い羽」を意味するオウサムクイン、OusaMequin 1581年 - 1661年とはアメリカ・インディアンのワンパノアグ族の酋長。マサソイトは1581年現在のロードアイランド州ブリストル郡のワーレン付近にあるワンパノアグ族のパカノケット村(Pokanoket)で生まれた。ワンパノアグ族は当時、約30の村を有する一大部族国家だった。マサソイトはアメリカ最初期のイギリス人入植者であるピルグリムファーザーズに食糧を与え、彼らを救ったワンパノアグ族の酋長として知られる。イギリスから来たピューリタン(清教徒)のピルグリムファーザーズ一団は、ワンパノアグ族の住む村付近にプリマスの集落地を建設し入植した。しかし白人入植者達は馴れない土地での環境に苦しみ、病気や寒さ、飢えなどで約半数近くが死んだ。そこへ付近に住むマサソイト酋長を始めとするワンパノアグ族がピルグリムファーザーズにトウモロコシを始めとする農作物の栽培方法を教え彼らを飢えから救った。「すべてを共有する」というインディアンの文化に従って、ワンパノアグ族は白人たちに惜しみなく食糧を与え、これを助けたのである。
■ボビー・フィッシャー
Bobby Fischer、1943年3月9日 - 2008年1月17日は、アメリカ合衆国イリノイ州シカゴ生まれのチェスプレーヤー。チェスの世界チャンピオン(1972年 - 1975年)。「米国の英雄」あるいは「幻の英雄」とも呼ばれる。チェス960も考案した。6歳のときにチェスを覚え、14、15歳のころまでにメキメキと腕を上げた。プレースタイルにフィッシャーならではのものがあり、1956年の対ドナルド・バーン戦でクイーンをわざと捨てることで勝ち、1963年の対ロバート・バーン戦でもナイトを捨てて勝った。
■アーロン・コープランド
Aaron Copland, 1900年11月14日 - 1990年12月2日は20世紀アメリカを代表する作曲家のひとり。アメリカの古謡を取り入れた、親しみやすく明快な曲調で「アメリカ音楽」を作り上げた作曲家として知られる。指揮や著述、音楽評論にも実績を残した。ニューヨーク州ブルックリンにおいて、ユダヤ系ロシア移民の息子として生まれた。14歳で本格的にピアノを習い始め、作曲家を志したのは15歳のときという。1921年、21歳のときにパリに留学、個人的にナディア・ブーランジェの弟子となる。パリ留学中にはジャズの要素を取り入れた曲を多く書いていたが、次第に一般大衆と現代音楽の隔たりを意識するようになる。
■ブッカー・T・ワシントン
Booker Taliaferro Washington, 1856年4月5日 - 1915年11月15日は、アメリカ合衆国の教育者、作家。ブッカー・T・ワシントンは、バージニア州フランクリン郡のロアノークから約35マイル南東にあるヘールズ・フォード、ピードモント地域の小さなコミュニティーで奴隷として生まれた。南北戦争後に奴隷解放宣言が発せられ、彼は母親のジェーンと共にウェストバージニア州で塩の荷造り人として働き、学校にも通った。「考えてみてください。:我々は異教徒の奴隷制の中に入りました。我々はキリスト教徒となりました。我々は奴隷制の区画に入りました。我々はアメリカ市民となりました。我々は手首に音を立てる鎖をつないで奴隷制に入りました。我々は自らの手で投票を行いました...奴隷制による虐待と道徳的な誤りにもかかわらず、地球上のどの地域における黒人よりも我々は物質的に、知的に、道徳的に、宗教的に強くて恵まれた状態にあります。」 - 『奴隷から立ち上がりて』
■デガナウィダ
Dekanawida、1550年頃-1600年はインディアンの酋長(調停者)。「デガナウィダ」は、「流れる二つの川」という意味。1550年ごろ、現在のカナダ・オンタリオのキングストンでワイアンドット族(ヒューロン族)の両親の元、7人兄弟のうちの一人として生まれた。当時、五大湖の南側では、カユーガ族、モホーク族、オナイダ族、オノンダーガ族、セネカ族の5つの部族が激しく争い合い、多くの血が流されていた。デガナウィダとハイアワサは、二人でカユーガ族、モホーク族、オナイダ族、オノンダーガ族、セネカ族の5つの部族に和平の呼びかけを行った。
■ハイアワサ
Hiawathaは、16世紀のモホーク族インディアンの男性戦士、調停者。デガナウィダとともにカユーガ族(英語版)、モホーク族、オナイダ族(英語版)、オノンダーガ族、セネカ族(英語版)の5つの部族をまとめ上げ、「イロコイ連邦」を成立させた英雄である。16世紀中葉、五大湖の南側ではカユーガ族、モホーク族、オナイダ族、オノンダーガ族、セネカ族の5部族が交戦状態にあった。1550年に五大湖の北側のワイアンドット族(英語版)(ヒューロン族)に生まれたデガナウィダは成人してから、この戦いをやめさせ和平を説く旅に出た。デガナウィダはあちこちで和平の呼びかけを行うなか、五大湖の東にあるモホーク族の村を訪れ、大戦士ハイアワサと会った。
■F・スコット・フィッツジェラルド
Francis Scott Key Fitzgerald, 1896年9月24日 - 1940年12月21日は、アメリカの小説家。一般にはF・スコット・フィッツジェラルドと称される。失われた世代を代表する作家の一人。予備将校訓練学校での訓練の中で創作への情熱と戦争に対する不安に苛まれたフィッツジェラルドは、アラバマ州モントゴメリー付近のキャンプ・シェリダン滞在中に小説『ロマンティック・エゴティスト』の執筆を開始した。
■アメリゴ・ヴェスプッチ
Amerigo Vespucci、1454年3月9日 - 1512年2月22日 は、アメリカ州を探検したイタリアの探検家にして商人。フィレンツェ生まれ。アメリゴ・ヴェスプッチはフィレンツェ共和国のフィレンツェ南部のモンテフィオラッレ (Montefioralle) で生まれ、彼のおじに育てられた。 彼は、ロレンツォ・デ・メディチとその息子のジョヴァンニに仕えていた。1492年、スペイン、セビリアにあるメディチ銀行の支店に出向となった。1497年 - 1504年の間に、4度、新大陸へ航海。コロンブスを始めとするヨーロッパ人がアメリカ大陸を東アジアであると考えたのに対し、ヴェスプッチはアジアとは別の大陸、すなわち(ヨーロッパから見て)新大陸であると主張した。
■ハロルド・ラスキ
Harold Joseph Laski, 1893年6月30日-1950年3月24日は、多元的国家論を唱えた英国の政治学者。労働党の幹部でもあった。マンチェスターでポーランド系ユダヤ人の家庭に生まれる。オックスフォード大学で学ぶ。カナダ・マギル大学、ハーヴァード大学、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)などで教鞭をとる。1912年、フェビアン協会を通じて、労働党に入党。1934年のソ連訪問後、マルクス主義に傾倒。
■ジェームス・テイラー
James Taylor, 1948年3月12日- は、アメリカのシンガーソングライター。マサチューセッツ州ボストン市で生まれ、ノースカロライナ州のチャペルヒルで育った。1968年にビートルズの設立したアップル・レコードと契約しデビューするが、交通事故やアップル社内での混乱ゆえに契約を打ち切られる。その後、1969年秋にワーナー・ブラザーズと契約するとともにアメリカに戻る。翌年の1970年、移籍第一弾のアルバム『Sweet Baby James』がヒットした。
■フィリップ・ロス
(Philip Roth、本名:Philip Milton Roth、1933年3月19日 - )は、アメリカの小説家。ニュージャージー州ニューアークでガリツィア系ユダヤ人移民の子として生まれる。ラトガース大学、バックネル大学、シカゴ大学で学ぶ。ソール・ベローと親交(「ベローがいなかったら小説家になっていたかわからない」とインタビューで語っている)。1955年から1957年までシカゴ大学で創作を教えていた。またペンシルベニア大学で比較文学を教えた。
■マイク・ニコルズ
(Mike Nichols、1931年11月6日 - )はアメリカ合衆国で活躍する映画監督、舞台演出家。本名はMichael Igor Peschkowsky。出生地はドイツ・ベルリン。父親はユダヤ系ロシア人、母親はドイツ人。ナチス・ドイツのユダヤ人迫害により、1939年に家族でアメリカに移住[1]。シカゴで医者になるため勉強していたが中退、オフ・ブロードウェイの舞台に出演するようになった。その後、演出も手がけるようになり、ブロードウェイで活躍した。トニー賞を7つ受賞している。
■フィリップ・カウフマン
(Philip Kaufman, 1936年10月23日 - )は、アメリカ合衆国・シカゴ生まれの映画監督、脚本家。シカゴ大学で、またハーバード大学のロー・スクールで学んだ。作家志望だったが芽が出ず、郵便配達など様々な仕事をしたり、家族と共にヨーロッパを放浪したりした。その頃、作家のヘンリー・ミラーと彼の愛人であったアナイス・ニンに出会っている。この出会いが後の映画『ヘンリー&ジューン』の元になっている。
■ルイス・サリヴァン
(Louis Henry (Henri) Sullivan, 1856年9月3日 - 1924年4月14日)はアメリカの建築家。ダンクマール・アドラーと共同で多くの作品を残した、シカゴ派の代表的な建築家の一人であり、フランク・ロイド・ライトの師の一人でもある。建築家フランク・ファーネスの事務所に入る。不景気の影響でファーネスの仕事が減っていたこともあって1873年にイリノイ州シカゴに移り、最初に鉄製のラーメン構造を採用したことで著名な、ウィリアム・ル・バロン・ジェニー(William Le Baron Jenney)の事務所に入る。
■ポール・ニューマン
Paul Leonard Newman, 1925年1月26日 - 2008年9月26日はアメリカ合衆国の俳優である。3度のアカデミー賞受賞を初めとして数多くの受賞歴を持つ。また食品製造会社「ニューマンズ・オウン」の設立者であり、1982年の設立以降挙げた純利益2億2千万ドルを全額寄付。その他レーサー、政治運動家としても多くの功績を残す。オハイオ州クリーブランドで、スポーツ用品店を経営するハンガリー系ユダヤ人の父・アーサーと同じくカトリックの母・テレサとの間に生まれる。幼い頃は脆弱で学校でいじめを受けていた。7歳の時、演劇好きの母の勧めで児童演劇団に入団。
■ロバート・レッドフォード
(Robert Redford, 1936年8月18日 - )はカリフォルニア州サンタモニカ出身のアメリカ合衆国の俳優、映画監督、映画プロデューサー。サンダンス・インスティテュート主宰。高等学校卒業後、野球の特待生としてコロラド大学に進学。投手として活躍するも、未成年での飲酒が発覚し特待生の資格を失ったことを機に中退。その後画家の道を志しヨーロッパに渡り放浪生活を送るも挫折しアメリカに戻る。ユタ州に移住してアメリカ演劇アカデミーで舞台美術を学ぶが途中から俳優に転向し1959年にブロードウェイでデビューした。
■シンクレア・ルイス
(Harry Sinclair Lewis, 1885年2月7日 - 1951年1月10日)は、アメリカの小説家・劇作家・批評家。アメリカ中西部の田舎町を舞台とした、典型的なアメリカ白人男性中心の中流社会像をアイロニカルかつ極めて写実的に描写した社会風刺的作品で世界的な名声を得る。幼い頃よりあまり活発でない痩せぎすの繊細な少年で、非常に厳格な父とは長らく折り合いが悪く、友人もあまり作れずに孤独な少年時代を過ごした。13歳の時に軍楽隊のドラマーとして米西戦争に参加しようとして家出を敢行するが、果たせなかった。
■ウィラード・ヴァン・オーマン・クワイン
(Willard van Orman Quine, 1908年6月25日 - 2000年12月25日)は20世紀アメリカを代表する哲学者・論理学者のひとり。分析哲学の伝統の正当な継承者であるが、哲学は概念分析ではないという考えの主たる提唱者でもあった。オハイオ州アクロンで育った。父は工場経営者で、母は学校の教師だった。1930年、オバーリン大学で数学と哲学で学士号を取得し、1932年にはハーバード大学で哲学の博士号を授けた。
■ウィリアム・グラント・スティル
William Grant Still, 1895年5月11日 - 1978年12月3日ロサンジェルス。はアフリカ系アメリカ人の作曲家。150曲以上の作品があり、アフリカ系アメリカ人の作曲家の偉大な先駆者としてしばしば言及されてきた。アメリカの主要なオーケストラを指揮した最初のアフリカ系アメリカ人指揮者でもある。第一次世界大戦中はアメリカ海軍に従軍。両親の進めで医学に進むために、ウィルバーフォース・カレッジとオバーリン音楽院に進むが、音楽への関心さめやらず、ニューヨーク市に行き、W.C.ハンディの楽団で演奏家・編曲者を務めるかたわら、ハンディの楽譜出版社でも働いた。
■マーカス・ガーベイ
(Marcus Mosiah Garvey, 1887年8月17日 - 1940年6月10日)は、黒人民族主義の指導者、ジャーナリスト、企業家。世界黒人開発協会アフリカ会連合(UNIA-ACL)の創設者。ジャマイカの国民的英雄であり、20ジャマイカドル硬貨の肖像になっている。セント・アン教区で生まれたマーカス・ ガーベイは、ヨーロッパの植民地政策からのアフリカ解放を主張し、アフリカ回帰運動のもっとも重要な提案者として知られている。北米地域において黒人の権利を主張した先駆者であり、後のネーション・オブ・イスラムやラスタファリアニズムといった宗教・思想運動に影響を与えただけでなく、公民権運動にも影響を与えた。
■リチャード・ライト
(Richard Wright, 1908年9月4日 - 1960年11月28日)は、アメリカ合衆国の小説家。ミシシッピ州出身。20世紀アメリカ黒人文学の先駆者として知られる。また晩年は俳句に凝り、句集を出している。1940年、『Native Son』(邦題:『アメリカの息子』)により脚光を浴びる。1946年、パリに移る。ジャン・ポール・サルトルやアルベール・カミュと交流を持つ。1960年、フランスにて心臓病により永眠。
■デューク・エリントン
(Edward Kennedy "Duke" Ellington、1899年4月29日 - 1974年5月24日)は、アメリカ合衆国 ワシントンD.C.出身のジャズの作曲家、ピアノ奏者、オーケストラリーダー。「デューク(公爵)」というニックネームは、子供の頃から自然な優雅さを身に付けきちんとした服装をしていたことから、親友エドガー・マッケントリーによって付けられた。小学生の頃からピアノを習い始め、ハイスクールでは校内のパーティでピアニストとして活躍していた。同時期に音楽教師から高度な作曲理論を学び(「私の音楽に対する勉強は、GフラットとFシャープの違いを学んだことからはじまった」という言葉は有名)
■ファッツ・ウォーラー
(Fats Waller, 1904年5月21日 - 1943年12月15日)は、アメリカ合衆国のジャズピアニスト・オルガン奏者・歌手・作曲家・作詞家。本名はトマス・ライト・ウォーラー(Thomas Wright Waller)であるが、大食漢であり太っていたため、Fats(太っちょ)の愛称で親しまれた。ニューヨーク生まれ。6歳でピアノを始める。1922年にオーケー・レコードから発表した、「Birmingham Blues」と「Muscle Shoals Blues」の2曲入りシングルでデビュー。
■ジョセフィン・ベーカー
(Josephine Baker、1906年6月3日 - 1975年4月12日)は、アメリカ・セントルイス出身のジャズ歌手・女優である。フランス語読みで「ジョゼフィーヌ・バケル」とも呼ばれる。彼女は、非常に貧しい環境の中で育つ。1917年7月2日、彼女はセントルイスで人種差別を経験し、これが彼女が後に人種差別撤廃運動に熱心に肩入れする背景となる。13歳で、母親によりかなり年配の男性と結婚させられるが、数週間しか結婚生活は続かなかった。そのあと家出。
■ナット・キング・コール
Nat King Cole、1919年3月17日 - 1965年2月15日はアメリカアラバマ州モンゴメリー生まれのジャズ・ピアニスト・歌手。アラバマ州モンゴメリーで生まれ、教会オルガン奏者の母のペリーナから12歳までオルガンを習っていた。1930年代からピアニストとして活動。スウィング・ジャズ時代末期の傑出したピアニストとしての業績を残した。「スターダスト(Stardust)」など古くからのスタンダード曲は、コールの歌が決定版とされるものが多い。
■スーザン・B・アンソニー
Susan Brownell Anthony, 1820年2月15日 - 1906年3月13日は、アメリカの公民権運動の指導者で、エリザベス・キャディ・スタントンと共にアメリカ合衆国における女性参政権獲得のために活動した人物。アンソニーは、最初の教育を、彼女の父が自分の子どもたちと近所の子どもたちのために営んだ学校で学んだ。17歳から32歳までは、自らも様々な学校で教鞭をとった。
■ジャック・ケルアック
(Jack Kerouac、1922年3月12日 - 1969年10月21日)はアメリカの小説家・詩人で、ビートニク(ビート・ジェネレーション)を代表する作家の一人。『路上』『孤独な旅人』などの著作で知られる。第二次世界大戦中は船員として世界中を航海し、戦後は親友であった作家のウィリアム・バロウズや、ニール・キャサディ、アレン・ギンズバーグらと共にアメリカ中を放浪してまわった。
■キャシー・バーベリアン
(Cathy Berberian、1925年または1928年7月4日 マサチューセッツ州アトルボロ - 1983年3月6日 ローマ)は、アメリカ合衆国の声楽家・作曲家。アルメニア系である。多彩な発声と驚異的な語学力を駆使し、斬新な表現力と趣向を凝らした様々な技巧によって、欧米の前衛音楽の作曲家を触発した。1960年代の前衛音楽シーンにおける「パフォーマンス」や「シアター・ピース」の概念の発展を、実践面から促した。伝統的な発声法のカテゴリーにとらわれず、スキャットやハミングの即興的な挿入、呻き声や笑い声・呟きなどのノイズ成分の利用、ベル・カント唱法からシャウトに至る変幻自在な声質の変化によって、声楽家の表現力(演技力)の可能性に前代未聞の領域を拓いた。
■サミュエル・フラー
(Samuel Fuller、1911年8月12日-1997年10月30日)はアメリカの映画監督。17歳の頃から新聞社の犯罪レポーター、パルプ小説のゴーストライター、脚本家などの職に就いた。自らの裏社会での経験、戦争中の困難な体験、そして米国南部での人種差別への取材などから、独特のエキセントリックな作風を生み出している。ほとんどの作品が独立プロダクションの中で低予算で早撮りで作られた。ジャン=リュック・ゴダール監督の作品『気狂いピエロ』(ワンシーンのみ出演)で「映画とは何か?」との質問に「映画とは、戦場のようなものだ。愛、憎しみ、アクション、暴力、そして死。要するに、エモーションだ。」と答えたことは有名。
■マサソイト
(Massasoit、別名「黄色い羽」を意味するオウサムクイン、OusaMequin 1581年 - 1661年)とはアメリカ・インディアンのワンパノアグ族の酋長。マサソイトは1581年現在のロードアイランド州ブリストル郡のワーレン付近にあるワンパノアグ族のパカノケット村(Pokanoket)で生まれた。ワンパノアグ族は当時、約30の村を有する一大部族国家だった。マサソイトはアメリカ最初期のイギリス人入植者であるピルグリムファーザーズに食糧を与え、彼らを救ったワンパノアグ族の酋長として知られる。「すべてを共有する」というインディアンの文化に従って、ワンパノアグ族は白人たちに惜しみなく食糧を与え、これを助けたのである。
■カート・ラッセル
(Kurt Russell, 1951年3月17日 - )はアメリカ合衆国の俳優。マサチューセッツ州スプリングフィールド市出身。1963年、テレビシリーズ『ジェミーの冒険旅行』、映画『ヤング・ヤング・パレード』で芸能界デビューし、子役として『テニス靴を履いたコンピューター』など10本近いディズニー映画に出演。1970年代には野球選手に転向しマイナーリーグで活躍したが、肩の怪我が原因で俳優業に戻った。
■キップ・ソーン
(Kip Stephen Thorne、1940年6月1日 - )はアメリカ合衆国の理論物理学者。ジョン・ホイーラーの弟子で重力の理論や、相対論的宇宙論の分野に貢献した。重力理論、ブラックホール、宇宙論の歴史と理論を解説した一般向けの著書『ブラックホールと時空の歪み アインシュタインのとんでもない遺産』(原題:Black Holes and Time Warps: Einstein's Outrageous Legacy)によって有名になった。
■ジョン・マッカーシー
(John McCarthy, 1927年9月4日 - 2011年10月24日)は、アメリカの計算機科学者で認知科学者。マービン・ミンスキーとならぶ初期の人工知能研究の第一人者。「人工知能; Artificial Intelligence」という用語は彼が1956年のダートマス会議のために1955年に出した提案書で初めて使用された。また、ALGOL言語の設計に触発され、LISPというプログラミング言語を開発し、タイムシェアリングの概念を一般化させた。
■オズワルド・ヴェブレン
(Oswald Veblen, 1880年6月24日 - 1960年8月10日)はアメリカの数学者。 専門は幾何学。ヴェブレンは射影幾何、トポロジー、微分幾何の分野において多大な業績を残し、特に微分幾何における仕事は相対論の研究にも大きな影響を与えた。1933年に弟子のJ・H・C・ホワイトヘッドと共同で書かれた『微分幾何学の基礎』は、微分可能多様体の定義を初めて与えたものとして知られている。また、1905年にはジョルダン曲線定理を証明したことでも有名。
■テネシー・ウィリアムズ
(Tennessee Williams, 1911年3月26日 - 1983年2月25日)は、アメリカ合衆国のミシシッピ州コロンバス生まれの劇作家。ウィリアムズの家庭には問題が多かった。彼の姉ローズは恐らく彼に対する最も大きな影響を与えた。彼女は精神障害で精神病院の中で生涯のほとんどを過ごし、両親は結局彼女に対するロボトミー手術を許可した。ウィリアムズはこのことで両親を許さなかった。彼の作品の登場人物はしばしば家族に対する直接の抗議であると見られる。
■ジョージ・ワシントン・カーヴァー
(George Washington Carver, 1864年1月1日 - 1943年1月5日)は、アメリカ合衆国の植物学者。南部の農業に輪作を導入し、ピーナッツや他の作物の何百もの用途を開発した。1864年に奴隷制度下のミズーリ州ダイヤモンド・グローブの近くで生まれた。彼と兄弟、母親の所有者はドイツ系移民のモーゼス・カーヴァーであった。父親はジョージが幼い頃に事故死した。
■ボブ・ディラン
(Bob Dylan、1941年5月24日 - )は、アメリカのミュージシャン。「風に吹かれて」、「時代は変る」、「ミスター・タンブリン・マン」、「ライク・ア・ローリング・ストーン」、「見張塔からずっと」、「天国への扉」他多数の楽曲により、1962年のレコードデビュー以来半世紀にわたり多大なる影響を人々に与えてきた。