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ベリーズ
Belize
<中南米>

北中アメリカ

■地理
ベリーズは中米のユカタン半島の東部に位置し、オンド川に沿ってメキシコとグアテマラと国境を接し、カリブ海に面している。国土の大半は未開発の熱帯雨林の原生林である。ベリーズ国土の大半は標高の低い低地だが、南部にマヤ山脈がグアテマラの方に延びており、最高地点はビクトリア・ピーク(1120m)。沿岸部は湿地帯でマングローブの森があり、世界第2のさんご礁がある。


ユカタン半島
メキシコ、グアテマラ、ベリーズにまたがり、メキシコ湾とカリブ海との間に突き出ている半島。石灰岩からなる非常に広大な台地であり、カルスト地形が発達している。雨は、土に染み込んで地下水脈を流れ、その一部はセノーテとして湧き出している。地上に川はない。北西端チクシュルーブの地底深くに、恐竜の絶滅ないし中生代の終焉(K-T境界)をもたらしたとされる隕石によるクレーター(チクシュルーブ・クレーター)が沈んでいる。マヤ文明の遺跡が多い。

西インド諸島
West Indies、は、南北アメリカ大陸に挟まれたカリブ海域にある群島である。アメリカ合衆国のフロリダ半島南端、および、メキシコのユカタン半島東端から、ベネズエラの北西部沿岸にかけて、少なくとも7000の島、小島、岩礁、珊瑚礁がカーブを描くようにして連なる。これらの島々が、大西洋と、メキシコ湾、カリブ海の境界線を形成している。

ホンジュラス湾
Gulf of Hondurasは、中央アメリカのベリーズ、グアテマラ、ホンジュラスと接する湾であり、カリブ海の一部である。ベリーズ沖には世界第2位の規模をもつ珊瑚礁群グローバーリーフ(Glover Reef)やライトハウスリーフ(Lighthouse Reef)などがある。世界でも綺麗な海のひとつであり、絶好のダイバースポットである。

カリブ海
メキシコ湾の南、大西洋に隣接する水域である。カリブ海の総面積は、約275万4000平方キロメートル(106万3000平方マイル)。最も深いのは、キューバとジャマイカの間にあるケイマン海溝で、水深7684メートル(2万5220フィート)である。

マヤ山脈
Maya Mountainsは、中央アメリカのベリーズとグアテマラに跨ぐ山脈である。この地域に存在したマヤ文明から名称をとったこともあり、マヤ遺跡もある。最高峰はヴィクトリア山(Victoria Peak)の1,122mである。

モパン川
Mopan Riverは、グアテマラおよびベリーズを流れる河川である。
グアテマラ共和国ペテン県に源を発し、マカル川と合流することによって、ベリーズ川を形成し、最終的にカリブ海へと流れ込む。ベリーズ川・モパン川水系にはベリーズ総人口の45%以上が暮らしている。


ブルーホール
blue holeは、かつての洞窟や鍾乳洞といった地形が何らかの理由により海中へ水没し、浅瀬に穴が空いたように形成された地形である。中央アメリカのベリーズには世界第2位の広さのサンゴ礁があり、ベリーズ珊瑚礁保護区として世界遺産(自然遺産)に登録されている。この中のライトハウス・リーフと呼ばれるサンゴ礁には、直径313mの巨大なブルーホールがあり、グレート・ブルーホールと呼ばれている。

マングローブ
Mangroveは、熱帯 - 亜熱帯地域の河口汽水域の塩性湿地に成立する森林のことである。紅樹林または海漂林とも言う。世界では、東南アジア、インド沿岸、南太平洋、オーストラリア、アフリカ、アメリカ等に分布し、日本では沖縄県と鹿児島県に自然分布するが、本州にも人工的に移植された場所がある(後述#日本のマングローブ)。

サンゴ礁
造礁サンゴの群落によって作られた地形の一つ。熱帯の外洋に面した海岸によく発達する。造礁サンゴの繁殖に適している海は、25-30℃ほどの高水温、3-4%ほどの高い塩分濃度、深くても水深30mほどの浅くてきれいな海域である。地球は西から東へ自転するため、赤道付近では海水が自転に置き去りにされる形で西向きの暖流が発生し、高緯度地方からの寒流がその後に入りこんでいる。太平洋、インド洋、大西洋どれも西側にサンゴ礁が集中し、東側にあまり見られないのはこの理由による。


<歴史>
■マヤ最古の土器を伴う集落遺跡(前期末〜中期/1200B.C.頃〜900B.C.頃)
マヤ文明が栄えた地域のなかでも最も古く、先古典期中期でも最も早い時期にオレンジウォーク郡オレンジウォークの西5kmのクエリョ(Cuello)遺跡で、楕円形の基壇を持つ住居跡からなる集落跡が確認され、それに伴う土器はスワジー式土器といい、放射性炭素年代測定法などでマヤ地域で最も古い土器であることが判明した。

■巨大な建造物とスタッコ人頭神殿の出現(後期/500B.C.頃〜A.D.100頃)
先古典期後期になると、紀元前100年頃、ラマナイ(Lamanai)遺跡で、建造物N10-43という、二段の階段状基壇の上にやや小さめに四段の階段状基壇が載るピラミッド神殿が建設され、その規模は、この建物が囲んでいる広場(plaza)の床面から、33mに及んでいる壮大なものであった。

■テオティワカンの影響(初頭/紀元2世紀頃)
古典期前期については、アルトゥン=ハ(Altun Ha)の墓F8-1で儀式を行った跡が調査され、テオティワカンの紀元2世紀頃の時期の儀式を行った跡と同じ人形型の黒曜石製品と土器が発見された。

■カラコルの栄光(A.D.300頃〜A.D.900頃)
ベリーズ南部、現カヨ州のマヤ山地、モパン川の上流に位置する都市国家であったカラコルは、ヤハゥ=テ=キニチ2世(「支配者3」、「水王」とも呼ばれる。)のとき、カンペチェ州にあるカラクムルと同盟し、562年の「星の戦争」で、ティカルを攻撃して、打ち破った。

■後古典期
グアテマラ北部のペテン低地などの「中部地域」で、マヤの諸都市が放棄されても、ラマナイは、人口の減少が起こらず繁栄を続けた。ラマナイのみならずベリーズ国内に見られるこの時期のほかの遺跡でも、儀式が行われた遺構では、マヤパンなどユカタン半島の後古典期の遺跡で出土するものとほぼ同じ香炉が発見されている。

■スペイン植民地時代とイギリス人の入植
1531年以降、モンテホの部下たちスペイン人との争いの中で、「ベリーズ」のマヤ人の勢力は17世紀初頭にかけて徐々に衰退していく。「ベリーズ」の地はグアテマラの総督府の管轄に組み入れられたものの、ペテン低地の密林地帯の彼方にある辺境の地であったため、グアテマラ総督の施政権が事実上及んでいなかった。そのため、1638年にイギリスの武装船団が到達して、ベリーズ・シティ沖にある小島セント・ジョージに勝手に入植をはじめた。

■イギリス植民地時代
その後、1821年にグアテマラが独立すると、「ベリーズ」について、イギリスの「ベリーズ」支配は、不法占拠であって、スペイン統治時代の全ての権利はグアテマラに継承されていると主張して、ただ主張するのみならず国境沿いに軍隊を展開させたこともあった。
■1950年代
「ベリーズ」の民衆に独立の気運が高まっていった。人民連合党(PUP)が誕生し、1954年、憲法が定められ、成人に選挙権が認められた。

■1957年
普通選挙によって自治権を獲得、1960年には、総督のもとに行政院と立法会議が設立された。

■1986年11月
グアテマラは、ベリーズの領有権放棄と独立の承認を宣言し、1991年には、安全保障協定について基本的な合意が成立し、グアテマラとの国交が回復した。


マヤ語族
マヤ人によって、過去(マヤ文明など)および現在使われている、一群の言語である。ユカタン半島を中心に、メキシコ南東部から、ベリーズ、グアテマラ、ホンジュラス、エルサルバドルなどに広がる。現代ではこの地域はスペイン語が公用語(ベリーズは英語)になっているが、今もマヤ諸語の話者約300万人がいる。1996年にはグアテマラは21のマヤ系言語を、メキシコは別の5言語を認めている。


プトゥン人
主に後古典期のメソアメリカにおいて、カンペチェ湾岸地方に住むチョンタル語を話す遠距離交易商人として知られていた人々のことをいう。ジェフ・コワルスキー(J.K.Kowalski)は、もっと具体的にメキシコ、タバスコ州のチョンタルパ地方およびカンペチェ州北西部のカンデラリア川流域に住むチョンタル語を話す組織化された遠距離交易商人としている。

カリブ族
Caribs、とは南アメリカを原住地とするカリブ語系のインディオである。西インド諸島は小アンティル諸島の島嶼カリブ、中米カリブ海沿岸のブラック・カリブ、コロンビア、南アメリカのベネズエラ、ガイアナ、スリナム、仏領ギアナ、ブラジルに散在する大陸カリブの3つに区分される。バーベキューやハリケーン、カニバルなどの単語をもたらした。

ユナイテッド・フルーツ
(United Fruit Company, UFCO) は、かつて存在したアメリカ合衆国の企業。第三世界諸国のプランテーションで栽培させたトロピカルフルーツ(主にバナナ)をアメリカ合衆国やヨーロッパで販売した。1871年にヘンリー・メイグス(英語版)}がコスタリカ政府と首都サン・ホセからカリブ海の港町リモンまでの鉄道建設の契約を結び、彼の甥のマイナー・C・キース(英語版)に事業を手伝わせた。1873年、労働者向けの安い食料として鉄道沿いにバナナの栽培が始められた。


<世界遺産>
ベリーズ・バリア・リーフ保護区
珊瑚礁でできた小島が、150以上ある。 その中でも、ライトハウス・リーフは、直径313mある大きな穴ブルーホールが特に有名。周辺にはイルカが住みついていて、初心者でもスノーケリングで一緒に泳ぐことができる。また、ライトハウス・リーフはウミガメが産卵しにやってくる。

ベリーズ国政府観光局
ベリーズはユカタン半島の付け根に位置する、カリブ海に面した中米の四国程の小さな国です。旧英領なので英語圏で、他の中米諸国とは少し違うカリブ海的な雰囲気を持っています。熱帯雨林に潜む生き物達とそこに点在するマヤ遺跡や、世界第2位のバリア・リーフにカリビアン・リゾートと見所も沢山あります。


マヤ遺跡
ベリーズの密林には20以上ののマヤ遺跡が潜んでいる。ベリーズ史の重要な部分であるマヤの歴史は1500B.C.頃から900A.D.まで繁栄期を経て、その後15世紀まで続いた。その間ベリーズはマヤ文化の中心となった時期もある。グアテマラのティカル遺跡よりも大きなカラコル(Caracol)遺跡やマヤ文化中最も高い建設物のあるシュナントニッチ(Xunantunich)遺跡等、近年その発掘・研究進み、マヤ文明の研究者の間でも脚光を浴びている。ほとんどが保護区となっていて、現在ベリーズの考古学省が以下の遺跡群の見学を許可している。 Althun Ha : Baking Pot : Blue Creek Cave : Cahal Pech : Caraclo : Cerros : Chan Chich : Chechem Ha Cave : Cuello : El Pilar : Lamanai : La Milpa : Lubaantum : Marco Gonzales : Nim Li Puni : Nohmul : Pacbitum : Pusiha : Santa Rita : Uxbenka : Xunantunich


マヤ文明
メキシコ南東部、グアテマラ、ベリーズなどいわゆるマヤ地域を中心として栄えた文明である。メソアメリカ文明に数えられる。大規模な都市遺跡が築かれ始めたのは、形成期後期 (先古典期後期)からで、いわゆる「中部地域」で、現ベリーズのラマナイ(Lamanai)、グアテマラのペテン低地に、ティカル、ワシャクトゥン、エル・ミラドール(El Mirador)、ナクベ(Nakbe)などの大都市遺跡が建設され、人口の集中が起こり繁栄した。エル・ミラドール、ナクベ、カラクムなど大都市では、古典期を凌ぐ大建造物が、紀元前400年以降に建てられたことが分かってきた。


 

ベリーズ Belize
中央アメリカ北東部、ユカタン半島の付け根の部分に位置する英連邦王国の一国たる立憲君主制国家である。北にメキシコと、西にグアテマラと国境を接し、南東にはホンジュラス湾を挟んでホンジュラスがあり、東はカリブ海に面する。首都はベルモパン。

ベルモパン
ベルモパン(Belmopan)は中米ベリーズの首都で人口は12,300人である。北緯17度15分 西経88度46分、海抜76メートルに位置する。ベルモパンはベリーズ川の東側にあり、ハリケーンにより近郊が破壊され1970年に首都の座をベルモパンに明け渡したベリーズシティから80キロメートル離れている。政治の中心としての機能だけしかないため、人口は少ない。

オレンジウォーク
オレンジウォーク(Orange Walk)はベリーズ第二の都市。オレンジウォーク州の州都である。ニュー川の左岸にあり、ベリーズシティの北、約100kmのところにある。マヤ文明の時代から町があり、この地域にはマヤ文明の寺院が残されている。1530年代から西洋人の流入が始まり、原住民は追い出された。19世紀には隣国のメキシコからメスティーソが多く流入し、現在の町を形作るようになった。町の経済は農業や観光業が中心であり、サトウキビ栽培などが行われている。住民も多様であり、メスティーソの他、クレオールや中国人、インド人も居住している。

ベリーズシティ
Belize Cityはベリーズ最大の都市。2000年時点の人口は、4万9千人。非公式には6万人を超えると言われる。17世紀に製材業者が開いた町である。カリブ海に面し、ベリーズ川の河口に位置する港湾都市である。1961年にはハリケーンにより、壊滅的な打撃を受けた。かつてはベリーズの首都であったが、首都は1970年に内陸のベルモパンに移された。現在はベリーズ地区の行政府所在地となっている。

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ダンリガ
ダンリガ・タウン(英: Dangriga Town)は、ベリーズ南部に位置する町。ダングリガとも表記される。カリブ海に面し、付近を流れる川から以前はスタン・クリーク・タウン(Stann Creek Town)と呼ばれた。スタンクリーク州の州都かつベリーズ南部では最大の都市になっている。ダンリガにはガリフナの人々が多く住んでいる。ガリフナ文化の特徴は、カリブ系の言語を話すが音楽や宗教ではアフリカの伝統を踏襲している点にある。ダンリガ南西部にはコックスクーム盆地野生生物保護区があるほか、3つの遺跡から成るメイフラワー考古学保護区がある。

コロザル州
Corozal Districtは、ベリーズ最北の州。人口:33,750人。メキシコと国境を接する。多民族地帯。メスティーソ、マヤ人、黒人、アングロサクソンなど。近年中国(香港など)からの移民が多い。言語はベリーズの公用語である英語のほか、スペイン語、マヤ語、クレオール語、中国語などが使用される。産業はサトウキビなど。マヤ文明の遺跡サンタ・リタがある。


外務省:ベリーズ
在ジャマイカ大使館兼轄


マヤ地域
マヤ地域はマヤ文明の繁栄したメキシコ南東部、ユカタン半島、グアテマラ、ホンジュラス西端部(モタグァ川流域)、エルサルバドル西端部を指す。主として南部地域(チャパス州、グアテマラ高地、太平洋岸)、中部地域(グアテマラ・ペテン低地など)、北部地域(ユカタン半島北部)に分けられる。


英連邦王国
Commonwealth realmとは、グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国(英国)の王座にある者を自国の国王として戴く国家形態、また該当する16の国家を指す。人的同君連合に該当する。英連邦王国はいずれもイギリス連邦に属する。英国以外の英連邦王国は、かつて英国の植民地であったが、今日では英国に従属しない独立国である。19世紀まではドミニオン(自治領)と呼ばれていたが、1926年の帝国会議において主権的地位が英国から承認され、1931年のウェストミンスター憲章採択とイギリス連邦成立によって実質的に独立した。

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立憲君主制
Constitutional monarchyとは、憲法によって規定された君主制である。世界の立憲君主制国家の分布は左図の通り。代表的な立憲君主制国家にはイギリスやタイなどがある。また、制限君主制と混同されやすいが、憲法の有無と君主権の強弱は関係ない。憲法が存在しても、その憲法で君主に絶対的な権力を付与する定めになっていれば絶対君主制である。


ベリーズの鉄道
歴史上、唯一のベリーズの鉄道はユナイテッド・フルーツ社によって敷設されたスタン・クリーク・レイルウェイで、スタン・クリーク州にあったミドルセックス農場とダンリガの港をつないでいた。この鉄道は軌間3フィート(914mm)の狭軌鉄道であり、1913年から1937年に廃止されるまで運行されていた。遺構の大部分は、ダンリガと首都ベルモパン間のハミングバード・ハイウェイに沿って、現在も目にすることができる。このハイウェイには古い鉄道橋がいくつも使われているが、道路の近代化に伴う改修によって徐々に姿を消しつつある。


■国名
正式名称は、Belize(英語: ベリーズ)。スペイン語表記は、Belice(ベリーセ)。日本語の表記は、ベリーズ。旧称は、イギリス領ホンジュラス (British Honduras)。1973年改称。国名の由来はマヤ語で「泥水」を意味する言葉から来ているとされている。


1.面積:22,963平方キロメートル(四国より少し大きい。日本の約16分の1)
2.人口:30.7万人(2009年 ECLAC)
3.首都:ベルモパン
4.民族:メスティーソ49%、クレオール25%、マヤ11%、ガリフナ6% その他10%
5.言語:英語(公用語)、スペイン語、クレオール語、マヤ語、ガリフナ語 等
6.宗教:キリスト教(カトリック、プロテスタント、英国国教会等)等

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1502年 コロンブスにより「発見」、メキシコ副王領(スペイン領)に編入
1798年 英国人入植者、スペイン軍に勝利し、自治拡大
1821年 スペインから独立したグアテマラが領有権を主張
1862年 ジャマイカ総督領に編入(英領ホンジュラスとして正式に宣言された)
1884年 ジャマイカ総督の管轄から切り離され、英領ホンジュラス総督が設置された。
1981年 独立
1991年 グアテマラがベリーズを承認

■主要産業:農業(砂糖、柑橘類、バナナ)、水産業、観光業
■主要貿易品(1)輸出 砂糖、バナナ、果汁、衣類、水産品(2)輸入 機械類・輸送機材、燃料、化学製品、薬品、食品


ベリーズ・ドル
(Belize dollar)は、ベリーズの通貨。通貨の補助単位はセント。1978年以来アメリカ・ドルにペッグされ、1アメリカ・ドル=2ベリーズ・ドルの固定相場制となっている。1980年にはMonetary Authority of Belizeが紙幣発行を引き継ぐとともに、100ドル紙幣を再導入した。1983年には発券業務はベリーズ中央銀行へと移り、1990年には50ドル紙幣が再導入されるとともに、1ドル紙幣は硬貨へと置き換えられた。


■政治
政体は国王を元首とする立憲君主制国家である。現在のベリーズ国王はイギリス女王エリザベス2世で、その代理人として実権のない総督がいる。

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■文化
他の中米諸国はスペインの植民地だったのでラテン文化の影響が強いが、ベリーズは他の中米諸国と異なってイギリスの植民地だったことからイギリスの影響の方が強く、またアフリカ系の黒人系が多いこともあって同じ英語圏のジャマイカなどアフロ系カリブ海諸国との結び付きや影響も強い。


■交通
経済の繁栄に従い道路の設備は良くなっているが信号機はまだあまり設置されていない。空港にフィリップ・S・W・ゴールドソン国際空港がある。ベリーズ国内の鉄道路線は1937年に全て廃線となった。


■経済
中米の国の中で最も経済の開発が遅れた国である。農作物は砂糖、柑橘類、バナナなど。漁業は盛んでイセエビは年間537tの水揚げがあるが、乱獲によって個体数の激減しているまぐろを巡って、まぐろ類保存国際委員会に加盟していないベリーズ漁船の操業が問題化した(もっともこれらの漁船は、規制を逃れるために船籍のみを変更した台湾、中国資本の漁船が殆ど)。1980年代から麻薬ギャング組織によるマリファナやコロンビア産のコカインのアメリカ合衆国への密輸による貿易も増えている。


■国民
住民はメスティーソが48.7%、17世紀から18世紀にアフリカから奴隷として連れて来られたアフリカ系黒人がルーツのクレオール人が24.9%、マヤ族が10.6%、カリブの島々から来た黒人とカリブ族の混血のガリフナが6.1%、その他では華人や白人などが9.7%である。

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メスティーソ
Mestizo、は、白人とラテンアメリカの先住民(インディオ)の混血である人々。ポルトガル語ではメスチース、またスペイン語はメスティソ、メスチーソ、メスチソなどとも書く。Mestiçagemなど原語では、人種の違うもの同士での婚姻や交配を意味し、転じて混血児全般を表す言葉になった。特に白人とインディオの混血のことを指すことが多い。


ラマナイ
(Lamanai)は、マヤ語で「海面下のワニ」という意味で、ベリーズのオレンジウォーク郡のニューリバー川沿いにある先古典期後期(B.C.500頃〜B.C.300頃)から後古典期(A.D.900〜1532)の遺跡である。1970年代と1980年代にカナダの王立オンタリオ博物館のペンダーガスト(D.M.Pendergast)によって発掘調査が行われた。

シュナントゥニッチ
(Xunantunich)はベリーズ西部にあるマヤ文明の考古遺跡で、ベリーズシティから西に130kmほどいったカヨ州内にある。シュナントゥニッチの中心部は約1平方マイル(2.6km2)の広さで、6つの広場を26以上の神殿や宮殿が取り囲んでいる。特に有名な建築物はエル・カスティーリョと呼ばれるピラミッドで、ベリーズでは2番目の高さの遺跡建造物であり、高さは約40mである(ベリーズで最も高いのはカラコルの神殿)。発掘により、いくつかの神殿のファサードには化粧しっくいによる装飾が施されていたことがわかった。

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カラコル
(Caracol)は、ベリーズ南部カヨ州、マヤ山地、モパン川の上流に位置するマヤ文明の都市国家であった。その「首都」(=現カラコルの遺跡)は、オシュウィツア(Oxhuitza「三つの丘の水」)と呼ばれていた。A.D.330年頃から石碑に王朝の歴史が刻まれていたことが判明している。カンペチェ州にあるカラクムル(Calakmul)と同盟し、562年の「星の戦争」で、ティカルを攻撃して、打ち破った。

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