イギリス United
Kingdom
イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドから構成される立憲君主制国家であり、英連邦王国の一国である。ヨーロッパ北西部の島国であるが、北アイルランドでアイルランドと国境を接している。
大航海時代を経て、世界屈指の海洋国家として成長。西欧列強のひとつとして世界に植民地を拡大し、超大国として栄えた時代を大英帝国と呼んだ。19世紀には世界の過半を影響下におき、パックスブリタニカ(イギリスによる平和)と呼ばれる比較的平和な時代をもたらしたが、第二次世界大戦を機に植民地の大部分を失い衰退し、現在に至る。
■ロンドン
Londonは、イギリスおよびイングランドの首都である。「シティ・オブ・ロンドン」あるいは単に「シティ」と呼ばれる地域を発祥に発展したロンドンは、ヨーロッパにおいても有数の歴史ある都市であり、中世および近世に建設された建造物が数多く残されている。
ロンドンの起源はローマ帝国によるブリタニア支配にまで遡る。ローマ人は後のイングランドにあたるブリテン島南東部を征服し、43年にはテムズ川北岸、現在のシティ・オブ・ロンドン(シティ)にあたる場所にロンディニウムを建設してこれをブリタニアの首都とした。街を建設したのはローマ人だが、それ以前にこの地域周辺にはケルト人が居住しており、ローマによる初期の植民の跡が残されている。
ロンドンは、北海に注ぐ三角江の河口から約64km内陸のテムズ川の下流南北両岸にまたがる。地質的には北西をチルターン、南をノース・ダウンズという二つのチョーク層丘陵に囲まれた向斜構造のロンドン盆地底部にあり、地表はロンドン粘土層と呼ばれる重粘土質土壌で覆われる。
■リッツ・ロンドン
The Ritz Londonは、イギリス・ロンドンのピカデリー通りに建つホテルである。ロンドンを代表する高級ホテルのひとつであり、イギリス王室によるロイヤル・ワラントのひとつであることでも知られる。シャルル・ミューズとアーサー・デイヴィスの建築により、ロンドン市内中心部のピカデリー通り沿い、グリーン・パーク脇に建てられ、1906年5月24日に開業した。
■パクス・ブリタニカ
Pax Britannica (パークス・ブリタンニカ))とは、イギリス帝国の最盛期である19世紀半ばごろから20世紀初頭までの期間を表した言葉。特に「世界の工場」と呼ばれた1850年頃から1870年頃までを指すことも多い。イギリスはこの時期、産業革命による卓抜した経済力と軍事力を背景に、自由貿易や植民地化を情勢に応じて使い分け覇権国家として栄えた。
■クール・ブリタニア
(Cool Britannia)は、イギリス文化の盛んな様、格好よい様を描写する際にメディアが使った用語である。1990年代半ばに造られ、1990年代末に一世を風靡した言葉であり、トニー・ブレア首相の労働党政権(第三の道を取り、「ニュー・レイバー」を標榜する)やその政策と密接な関係を持っていた。
外務省:英国
在英国日本国大使館
■バーミンガム国際空港
Birmingham International Airportは、イギリス、イングランド、ウェスト・ミッドランズ州バーミンガムにある空港。
■エディンバラ空港
Edinburgh Airportは、スコットランドのエディンバラにある空港である。イギリス国内では8番目、スコットランドではグラスゴー国際空港に次ぐ2番目に大きい空港である。
■リバプール・ジョン・レノン空港
(Liverpool John Lennon Airport) は、イギリスのリバプールにある空港である。空港内にはジョン・レノンの銅像が建つ。また空港のロゴには、彼の曲である「イマジン」の歌詞の一節“above us only sky”が使われており、この歌詞は空港の屋根にも書かれている。
■グラスゴー国際空港
Glasgow International Airport, 以前の名称をGlasgow Abbotsinch Airport)は、スコットランド南西部、レンフルーシャイア、レンフルーとペイズリーの間にある国際空港である。
■マン島空港
Isle of Man Airportは、グレートブリテン島とアイリッシュ海に囲まれたマン島にある空港。
■ベルファスト国際空港
Belfast International Airportは、イギリスの北アイルランド、ベルファストにある国際空港。
■グラスゴー
Glasgow, はイギリスのスコットランド南西部に位置するスコットランド最大の都市である。人口は580,690人(2006年)で、ロンドン、バーミンガム、リーズに次いでイギリス第4位。イギリス国内ではロンドンとエディンバラについで3番目に観光客が多く、年間300万人ほどがこの街を訪れる。15世紀創立の名門グラスゴー大学を擁し、産業都市であるとともに、文化・芸術・若者の街として知られている。
■バーミンガム
Birmingham、はイングランド、ウェスト・ミッドランズ(West Midlands)に属す工業都市である。人口は100万人ほどで、近郊を含む都市的地域の人口は229万人であり、同国第2位である。18世紀まで特徴のない小さな村バーミンガムは、産業革命の進展にともない運河と鉄道の交叉点になったこともあり、工業都市として発展した。
■カーディフ
Cardiffは、ウェールズの首都。人口は305,340人(2001年)で、ウェールズで最大の都市である。ウェールズの南東部に位置し、ロンドンからは約250kmの距離にある。ウェールズ議会が設置されている。カーディフはBBCのテレビ・ドラマ「秘密情報部トーチウッド」の舞台になっており、市内の各所がドラマの中に登場し、それぞれが観光名所となっている。訪れるファンが多い。
■ベルファスト
Belfast, は、北アイルランドの首府。人口は276,459人(2001年)で、北アイルランドで最大の都市である。ここには世界最大のドライ・ドックがあり、ハーランド・アンド・ウルフの造船所にある巨大なクレーンを遠くから眺めることができる。ちなみにオリンピック号、タイタニック号、ブリタニック号の姉妹船はハーランド・アンド・ウルフによりここで造られた。
■リヴァプール
(Liverpool) は、イギリス、イングランド北西部マージーサイド州の中心都市。ザ・ビートルズ誕生の地として名高い。アイリッシュ海に面し、マージー川の河口に位置する。18世紀より貿易港として発展した。リヴァプールにはリヴァプール大学、リヴァプール・ホープ大学、リヴァプール・ジョン・ムーア大学、エッジヒル大学などの教育機関があり、多くの学生が学んでいる。
■ケンブリッジ大学
(University of Cambridge)は、イギリスのケンブリッジに所在する総合大学である。13世紀初頭に、町の人々と対立してオックスフォードから逃れてきた学者たちが、この町に住み着き、研究・教育活動を始めたのを起源とする大学である(大学としての公式な創立年度は1209年)。彼らの活動はやがて、イングランド国王の保護なども受けて発展をはじめ、現存する最古のカレッジ、Peterhouse(ピーターハウス)は1284年の創立。
■オックスフォード大学
(University of Oxford)は、イギリスのオックスフォードに所在する総合大学である。英語圏では最古の大学であり、ケンブリッジ大学と並び各種の世界大学ランキングで常にトップレベルの優秀な大学として評価される世界有数の名門大学である。オックスフォード大学の創立時期はよく解明されていない。全てが一気に構成されたのではなく、徐々に形成されたものと考えられている。少なくとも1096年には講義が行われていたという証拠がある。
■マンチェスター大学
(University of Manchester) は、イギリス、マンチェスターにある国立大学。イングランドで最初の都市大学の一つ。20世紀の発明に数多く貢献し、現在までに25人もの卒業生、研究者、教授らがノーベル賞を受賞している。世界初のコンピュータは、1948年にマンチェスター大学で生まれた。マンチェスター・ビクトリア大学は、1851年オーウェンカレッジとしてマンチェスターの繊維商ジョン・オーウェンの資金により設立された。
■ダラム大学
(Durham University)は、イギリス、ダラム州、ダラム市及びストックトン・オン・ティーズ市に所在する大学である。ダラム大学はイングランドで3番目に古い大学であり、オックスフォード大学やケンブリッジ大学(両校をあわせてオックスブリッジと呼ぶ)と同じカレッジ制大学であることから、これら3大学をまとめてドオックスブリッジ と呼ぶ事もある。
■セント・アンドルーズ大学
(University of St Andrews)はイギリス・スコットランドの東海岸セント・アンドルーズ市に所在する大学。1413年創立。スコットランド最初の大学であり、英語圏全体でも3番目に設立年代が古い。その長い歴史からアンシャン・ユニヴァシティーの一校に数えられる。
■カーディフ大学
Cardiff Universityは、カーディフ,ウェールズに本部を置くイギリスの国立大学である。1883年に設置された。 ウェールズ語名Prifysgol Caerdydd。イギリスの大学グループ、ラッセル・グループに所属。
■シェフィールド大学
(The University of Sheffield)は英国の中部地方に位置するサウス・ヨークシャー州シェフィールド市を拠点とする国立大学である。 大学の前身であるシェフィールド医学校(Sheffield School of Medicine 1828年設置)より今日まで180年余の歴史を有する。
■クイーンズ大学ベルファスト
(The Queen's University Belfast、QUB)は北アイルランドのベルファストにある大学である。プロテスタント系のトリニティ・カレッジに対してカトリック系のアイルランド大学の一部であった。歯学、工学、人文学、法学、医学などの学部がある。
■リーズ音楽大学
(Leeds College of Music)は、イギリスのウェスト・ヨークシャーリーズに位置するイギリス最大の音楽大学である。 約1000人の学位・資格の取得を目指す学生と約2000人の成人向け夜間コースで学ぶ学生が在籍している。またリーズは音楽活動の盛んな街で、年間を通してたくさんのコンサートやイベントが催されている。またリーズは、本学のピアノ演奏家専攻科の指導者であるファニー・ウォーターマンによって創設されたリーズ国際ピアノ・コンクールの開催地として、世界中にその名が知られている。
■リーズ大学
(University of Leeds) は英国ウェスト・ヨークシャー州リーズ市にある国立大学。トールキン(作家・言語学者)が教鞭をとっていたことがある。33,000人を超す学生が在籍しており、英国でも有数の規模を誇る大学である。
■グラスゴー大学
University of Glasgowは、イギリス(スコットランド)グラスゴー市に本部を置くイギリスの国立大学である。1451年に設置された。500年以上の歴史を有する英語圏最古の大学の一つであり、オックスフォード大学、ケンブリッジ大学と並ぶアンシャン・ユニヴァシティーに属する名門大学。
■ブリストル大学
University of Bristol)は、ブリストル市に本部を置くイギリスの公立大学である。1909年に設置された。 以来、ラッセル・グループの一員として、またコインブラ・グループの一員として発展してきた。今までに関係者から9人のノーベル賞受賞者[1]を輩出している。
■レスター大学
(University of Leicester) は英国イングランド中部、レスター市に位置する国立大学。比較的小さな規模にかかわらず、研究、特に教育水準が高く, 英国では最も優れた大学の一つとして、The Sunday Times(タイムズ紙)に認知されている。
■ブラッドフォード大学
University of Bradford)は英国ウェスト・ヨークシャー州ブラッドフォードに位置する1832年創立の歴史ある国立総合大学である。大学のモットーは、ウィリアム・シェイクスピアのソネット38番から引用された "Give Invention Light"。
■ラグビー校
(Rugby School)は、ウォリックシャー、ラグビー の町にあるイングランドで最も古いパブリックスクールの1つで男女共学のボーディングスクールである。ラグビーが生まれた地としても有名である。
■イングランド
イングランド (England) は、グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国(イギリス)を構成する四つの「国」(country) の一つである。連合王国の中で最もヨーロッパ大陸に近く、対岸のフランスまで約 33 km である。
■スコットランド
スコットランド(Scotland)は北西ヨーロッパに位置するグレートブリテンおよび北アイルランド連合王国(イギリス)を構成する「国」(country)のひとつである。首都のエディンバラは人口でスコットランド第二の都市であり、ヨーロッパ最大の金融センターの一つである。最大の都市であるグラスゴーは大グラスゴーの中心であり、スコットランドの人口の40%が集中する。
■ウェールズ
グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国(イギリス)を構成する「国」(country)のひとつである。ウェールズは、13世紀に公国(Principality)を形成した。が、ウェールズ公国は、同じ世紀の末にイングランドに併合された。
■北アイルランド
Northern Irelandは、グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国(イギリス)を構成する「国」(country)の一つである。1920年に成立したアイルランド統治法によってアイルランドは南北に分割され、それぞれに自治権が付与された。その後に発生したアイルランド独立戦争の講和条約である英愛条約に基づいて、南部26州によりアイルランド自由国が建国され、グレートブリテンおよびアイルランド連合王国より分離した際は北アイルランドも自由国の管轄内に含まれていた。しかしアイルランド自由国で内戦が始まったため、英愛条約の条項に基づいて北アイルランド議会は自由国からの離脱を表明して連合王国にとどまることになった。
■インヴァネス
Invernessはイギリスのスコットランドの都市である。ハイランズの唯一の市で、「ハイランズの首都」と呼ばれることがある。これに対し、ローランズの首都はエディンバラである。スコットランド北西部のマリー湾最奥に流れ込むネス川の河口に位置している。これはこの町の由来になっている。
■リーズ
(Leeds) はイングランドの都市。ウェスト・ヨークシャー地方に位置する。人口は約71万5千人(中心部の人口は約43万人)。ロンドンから鉄道利用で2時間半の場所に位置している。
■シェフィールド
(Sheffield) は英国のイングランド中部の工業都市である。人口は520,700人(2005年)で、首都ロンドン、バーミンガム、リーズ、グラスゴーに次いで第5位。都市圏人口は約180万人にのぼる。
■ブリストル
Bristolは、イギリス西部の港湾都市。サウス・ウェスト・イングランドの典礼カウンティにあるユニタリーであり、ロンドンの西169キロで、カーディフの東71キロの位置である。
■バース
(Bath)は、イングランド西部、サマセットにある単一自治体(unitary authority)のバース・アンド・ノース・イースト・サマセット(Bath and North East Somerset)内の都市である。バースについての最古の記録はローマ支配時代の温泉に関する記述である。しかし言語学上の類推から、それ以前から温泉が利用されていたことが推測される。
■マンチェスター
(Manchester, は、イングランドの北西部、グレーター・マンチェスターに位置する都市。北部イングランドを代表する都市であり、ロンドンに次ぐイギリス第二の都市である。マンチェスターは1960年代以来、ポップス・ロック・テクノなどの分野の著名なミュージシャンやバンドを多く輩出している。英国を代表するロックバンドのニュー・オーダーやザ・スミス、ザ・ストーン・ローゼズ、オアシスが結成された地である。
■レスター
(Leicester)は、イングランド・レスターシャー州の単一自治体 (Unitary Authority) 。古代ローマ時代に建てられた、イングランドでも歴史のある都市である。「ブリテン列王記」(アーサー王物語)を著したジェフリー・オブ・モンマスによると、Kaerleir(レスター)は伝説上の王、リア王によって建てられたとなっている。
■コヴェントリー
(Coventry)はイギリス・イングランドのウェスト・ミッドランズ州(West Midlands)にある都市。イングランドで8番目に大きな都市。コヴェントリーは自動車産業と大聖堂、ゴダイヴァ夫人(ゴディバ夫人とも表記される)の伝説で有名である。
■ブラッドフォード
(Bradford)は、イングランド北部・ウェスト・ヨークシャー州にある都市。人口は約29万人。アジア系住民(特にパキスタン出身者)が多いが、これは繊維産業に従事するため第二次世界大戦後に移住してきたものである。
■ストーク・オン・トレント
(Stoke-on-Trent)は、イングランド・スタッフォードシャーにある単一自治体 (Unitary Authority) 。ストーク・オン・トレントはイギリスの陶器産業の里とみなされ、ポッタリーズ(The Potteries)という通称で呼ばれる。
■ノッティンガム
(Nottingham)はイングランドの中心部ノッティンガムシャーにある単一自治体 ( Unitary Authority ) 。町の中心をレーン川が流れ、南の境界線にはトレント川が流れている。人口はおよそ275,100人とイングランドでは27位、郊外には700,000人以上が住んでいると言われている。学生が多く、人口の約10%は学生である。
■プリマス
(Plymouth)はイングランド南西部のデヴォン州にある港湾都市。行政は1998年より、単一自治体 ( Unitary Authority ) である。17世紀、ピューリタン(清教徒)を含んだピルグリム・ファーザーズの一団、102名はこの港からメイフラワー号に乗船し、新大陸に向かった。その到着地点となった海岸部が、現在のアメリカ東部マサチューセッツ州の都市プリマスに当たる。
■サウサンプトン
Southampton、は、イギリス南部の都市。近年は医療と学術が盛んな都市であるが、沿岸部の再開発により商業の発展にも力を入れており、港湾施設は縮小されたが、イギリス有数のコンテナターミナルが所在する。
■国名
正式名称は、United Kingdom of Great Britain and Northern Irelandである。United Kingdom、UKとも略される。「イギリス」の語源については、ポルトガル語の Inglez に由来すると言われる。江戸時代には「エゲレス」とも呼ばれていた(前掲ポルトガル語、またはオランダ語 Engelsch が訛ったもの)。当て字である「英吉利」という表記は、もともと先行する中国語に由来する。
1.面積:24.3万平方キロメートル(日本の約3分の2)
2.人口:6,180万人(2010年)
3.首都:ロンドン(人口約758万人、2010年)
4.言語:英語(ウェールズ語、ゲール語等使用地域あり)
5.宗教:英国国教等
1066年 ノルマンディ公ウィリアム、イングランドを征服
1707年 スコットランド王国及びイングランド王国合併、グレートブリテン連合王国成立
1801年 グレートブリテン及びアイルランド連合王国成立
1858年 日英修好通商条約締結
1902年〜1921年 日英同盟
1922年 グレートブリテン及び北アイルランド連合王国へ改称(南アイルランドの分離)
1952年 エリザベス二世女王即位
1973年 拡大EC加盟
1979年5月 サッチャー保守党内閣成立
1990年11月 メイジャー保守党内閣成立
1997年5月 ブレア労働党内閣成立
2007年6月 ブラウン労働党内閣成立
2010年5月 キャメロン保守党・自由民主党連立内閣成立
■主要産業:航空機、電気機器、エレクトロニクス、化学、金属、石油、ガス、金融
■主要貿易品目(1)輸出 原油・石油製品、医薬品、道路走行車両(=自動車)、原動機(2)輸入 道路走行車両(=自動車)、原油・石油製品、通信機器、録音・音声再生装置
■スターリング・ポンド
(pound sterling)は、イギリスの通貨。通貨単位としてのポンドはかつてイギリス連邦諸国で用いられ、エジプトなどでは現在も用いられているが、単にポンドというと通常イギリスのポンドのことを示す。通貨記号は ?、国際通貨コード (ISO 4217) は、GBPであるが、STGとも略記する。呼称としてはポンド、スターリングの他に quid が用いられることがある。
■ゆりかごから墓場まで
第二次世界大戦後の英国における社会福祉政策のスローガン。原語では”from the cradle to the grave”。社会保障制度の充実を形容する言葉で、第二次世界大戦後にイギリス労働党の掲げたスローガンであり、これが日本を含めた各国の社会福祉政策の指針となった。
■立憲君主制
Constitutional monarchy)とは、憲法によって規定された君主制である。世界の立憲君主制国家の分布は左図の通り。代表的な立憲君主制国家にはイギリスやタイなどがある。また、制限君主制と混同されやすいが、憲法の有無と君主権の強弱は関係ない。憲法が存在しても、その憲法で君主に絶対的な権力を付与する定めになっていれば絶対君主制である。
■イギリスの政治
Politics of the United Kingdomは単一国家と立憲君主制を基本としている。ウエストミンスター・システムとも呼ばれるこの統治形態は、カナダ・インド・オーストラリア・ニュージーランド・シンガポール・ジャマイカなどでも取り入れられている。 憲法は1つの成典にはなっておらず、制定法と判例法及び慣習法など様々な要素を合わせて憲法とみなされている。
■保守党
Conservative and Unionist Party"、"Conservative Party"は、イギリスの政党。国際民主同盟加盟。党の俗称として"Tory"。イギリスの二大政党の一つである。前身は「トーリー党」である。これを1830年代から40年代に掛けて「保守党」として近代化したのがロバート・ピールである。
■労働党
Labour Partyは、イギリスの中道左派政党。イギリスにおいて保守党と二大政党を形成している。社会主義インターナショナル加盟。1906年の結党以来、社会民主主義政党として労働者の生活の向上を唱え、失業保険の充実、社会保障制度の整備などに努めてきた。労働党が行った福祉政策の方向性を指して、「ゆりかごから墓場まで」という言葉が作られた。
■自由民主党
Liberal Democrats (Lib Dems)は、イギリスの政党。リベラリズム、中道左派政党であるとされている。「自民党」と略して呼ばれるのが一般的である。現在の党首はニック・クレッグ副首相。
■スコットランド国民党
Scottish National Party (SNP), は、グレートブリテン島北部と周囲の島々で構成されるスコットランドの地域政党。スコットランド民族党とも訳される。政治的には社会主義(社会民主主義)を基調としており、同時にスコットランド人の民族主義を重んじる地方主義政党でもある。
■エディンバラ
エディンバラEdinburghは、スコットランドの首都であり、ロージアン州の州都。古くは6世紀、元々天然の要害である急峻な地形を利用して築かれたケルト人の砦を起源とする。
■エディンバラ・フェスティバル
(Edinburgh Festival)は、スコットランドの首都エディンバラで毎年8月の同時期に開催される複数の芸術と文化の祭典の総称である。エディンバラ城の構内では、連夜、軍楽隊によるバグパイプ演奏やハイランドダンスが披露されるミリタリー・タトゥーが上演され、市内の各所で数多くの大道芸人がパフォーマンスを繰り広げる。
■スコットランド人
Scottish peopleは、スコットランド国民、またはスコットランドを父祖の土地とする民族のこと。単にスコッツ(Scots)ともいう。現代的な用法では、スコットランド人またはスコッツは、言語、文化、家族の先祖または遺伝的起源がスコットランド内にある者を指すため使われる。
■シャーロック・ホームズ
シャーロック・ホームズ (Sherlock Holmes) は、小説家アーサー・コナン・ドイルが19世紀から20世紀にかけて発表した推理小説『シャーロック・ホームズシリーズ』の主人公で架空の探偵である。天才的な観察眼と推理力を持つ私立・諮問探偵である。ロンドンのベーカー街221Bにあるハドスン夫人所有のアパートで、相棒のジョン・H・ワトスン医師と共同生活をしていた。
■エディンバラ大学
エディンバラ大学(University of Edinburgh)は1582年に設立された英国で6番目に長い歴史を有する大学である(「Ancient University」の1つ)。
■ジョー・カルザゲ
ジョー・カルザゲ(Joe Calzaghe、男性、1972年3月23日 - )は、イギリス(ウェールズ)のプロボクサー。元WBA・WBC・IBF・WBO世界スーパーミドル級王者。最大の武器は速射砲のような猛スピードの回転連打であり、手打ち気味でパワーには欠けるものの、その驚異的な手数で対戦相手を圧倒する。そのスタイルは、WOWOWの『エキサイトマッチ』で解説を務めるジョー小泉いわく「現代ボクシングに適したスタイル」(ホプキンス戦の解説にて)。10年間以上にわたりスーパーミドル級の世界王者に君臨。2009年2月、プロ46戦全勝32KOのパーフェクトレコードを残し現役を引退した。
■文学
アーサー・コナン・ドイル、ジェーン・オースティン、ブロンテ姉妹、チャールズ・ディケンズ、トーマス・ハーディ、ウィリアム・ブレイク、ウィリアム・ワーズワース
■音楽
ウィリアム・バード、ヘンリー・パーセル、エドワード・エルガー、アーサー・サリヴァン、レイフ・ヴォーン・ウィリアムズ、ベンジャミン・ブリテン
■ポピュラー音楽
(特にロックミュージック)において、イギリスは先鋭文化の発信地として世界的に有名である。1960、70年代になるとロックが誕生し、中でもザ・ビートルズやザ・ローリング・ストーンズといったロックンロールの影響色濃いバンドが、その表現の先駆者として活躍した。やがてキング・クリムゾンやピンク・フロイドなどのプログレッシブ・ロックやクイーン、クリーム、レッド・ツェッペリン、ディープ・パープル、ブラック・サバスなどのR&Bやハードロックがロックの更新に貢献。
■ロバート・ルイス・スティーヴンソン
Robert Louis Balfour Stevenson、1850年11月13日 - 1894年12月3日は、イギリスのスコットランド、エディンバラ生まれの小説家、冒険小説作家、詩人、エッセイストである。父トーマス、祖父ロバートは共に灯台建設を専門とする建築技術者だった。母がマーガレット・バルフォア。彼もエディンバラ大学の土木工学科に入学するが、のち法科に転科、弁護士になる。18歳の時、名前の間に入っていたバルフォアを外し、セカンドネームの「Lewis」を「Louis」に変更。以後、名前を略称するときはRLSと名乗る。生まれつき病弱で、各地を転地療養しながら作品を創作した。1883年『宝島』を出版、1885年『プリンス・オットー』を出版、1886年『誘拐されて』を出版、同年にはまた代表作の一つである『ジキル博士とハイド氏』を出版した。
■グスターヴ・ホルスト
Gustav Holst/Gustavus Theodore von Holst, 1874年9月21日 - 1934年5月25日は、イギリスを代表する作曲家の一人である。最も知られた作品は、管弦楽のために書かれた『惑星』(The Planets)であるが、全般的に合唱のための曲を多く遺している。
■ベンジャミン・ブリテン
Edward Benjamin Britten OM, CH, 1913年11月22日 サフォーク州ローストフト - 1976年12月4日 サフォーク州オールドバラ)は、イギリスの作曲家・指揮者・ピアニスト。ブリテンは猛烈な反戦主義者であり、イギリスが第二次世界大戦にのめりこむ事に悲観し、兵役拒否の意味合いで一時アメリカに移住したこともあった。帰国後、「良心的兵役拒否」として公的に認められている。
■ナイジェル・ケネディ
Nigel Kennedy, 1956年12月28日 - はイギリスのヴァイオリニスト、ヴィオラ奏者。ブライトンで母と祖母がピアノ教師という音楽一家に生まれる。はじめにピアノ、さらにヴァイオリンを習い、7歳の時からメニューインが主宰する音楽学校で学ぶようになる。10歳の時、学校にジャズ・ヴァイオリンの巨匠ステファン・グラッペリが来訪し、当時の担任の推薦で、グラッペリと個別指導、共演する機会を得ている。
■ローランド・ジョフィ
Roland Joffe、1945年11月17日 - はイギリスの映画監督。ロンドン出身のフランス系ユダヤ人。マンチェスター大学で英語と演劇を学び、卒業後は演劇に携わる。後にテレビの世界に移り、BBCでドラマなどを手がけるようになった。『ミッション』でカンヌ国際映画祭パルム・ドールを受賞。
■アダム・スミス
(Adam Smith、1723年6月5日(洗礼日) - 1790年7月17日)は、スコットランド生まれのイギリス(グレートブリテン王国)の経済学者・哲学者である。主著は『国富論』(または『諸国民の富』とも。原題『諸国民の富の性質と原因の研究』An Inquiry into the Nature and Causes of the Wealth of Nations)。「経済学の父」と呼ばれる。スミスは4歳の時にスリに仕立て上げることを目的とした誘拐に遭うものの、誘拐犯からスリには向かないという烙印を押され、解放されてしまうほど内向的性格を持ち、吃りがあった。
■マイケル・アティヤ
(Michael F. Atiyah、1929年4月22日 - は、アティヤ=シンガーの指数定理、ゲージ理論の研究などで知られるイギリスの数学者。現代最高の数学者の一人とみなされている。サイモン・ドナルドソン、ナイジェル・ヒッチン、ピーター・クロンハイマー、フランシス・カーワン、ルース・ローレンスなど優れた弟子を育て、また、エドワード・ウィッテンを見出したことでも知られる。
■ジェイムズ・デュワー
Sir James Dewar, 1842年9月20日 - 1923年3月27日は、イギリスの化学者・物理学者。液体酸素が磁性を持つことの発見、水素の液化と固化の成功など低温物理学の分野で先駆的な研究を行った。また魔法瓶(デュワー瓶)や、コルダイト火薬(無煙火薬の一種)を発明した。地元の学校に通っていたが、1852年にリューマチ熱にかかり、長期間の療養生活を余儀なくされた。15歳になるまでに両親とは死別。兄弟と暮らしていたが、1859年にエディンバラ大学に入学した。大学ではプレイフェア卿のもとで学び、卒業後も彼の助手としてとどまった。
■ウィリアム・ランキン
(William John Macquorn Rankine, 1820年7月5日 - 1872年12月24日)は19世紀イギリス(スコットランド)の物理学者、工学者、技術者。エディンバラ生まれ。1855年から終生、グラスゴー大学の欽定教授の任にあった。グラスゴーで没。父親も技術者であった。物理学者としては熱力学の分野で業績を残した。長らく主流であった熱素説を否定し、「エネルギー」の用語と概念を導入した。ほぼ同時期のトムソン(ケルヴィン卿)、クラウジウスと並んで、熱力学の基礎を作った人物だと評価されている。
■デイヴィッド・リヴィングストン
(David Livingstone、1813年3月19日 - 1873年5月1日)は、スコットランドの探検家、宣教師、医師。ヨーロッパ人で初めて、当時「暗黒大陸」と呼ばれていたアフリカ大陸を横断した。また、現地の状況を詳細に報告し、アフリカでの奴隷解放へ向けて尽力した人物でもある。生家は貧しく、10歳の頃から近所の紡績工場で働くことを余儀なくされるが、聖書、ラテン語等の学問への意欲は旺盛であった。彼は日中の工場での仕事中に本を読む工夫をしつつ、仕事が終わってからは夜間学校で熱心に勉強をした。
■ジョスリン・ベル・バーネル
(Susan Jocelyn Bell Burnell、結婚前はSusan Jocelyn Bell、1943年7月15日 - )はイギリスの女性天文学者である。アントニー・ヒューイッシュのもとで、最初のパルサーを発見した。北アイルランドのベルファストで建築家の娘として生まれた。グラスゴー大学、ケンブリッジ大学で学んだ(1969年に博士号を取得)。1967年ケンブリッジ大学の大学院生時代にヒューイッシュらとクエーサーの観測するための電波望遠鏡の観測データのなかに非常に早く規則的に変化する電波信号を見つけた。天文学的には異常に短い電波の宇宙人からの通信ではないかとも思われた電波源には「緑の小人 (Little Green Man)」を意味する LGM-1 の名が与えられが、後に高速で回転する中性子星が電波源であることがわかった。
■ナイジェル・マンセル
(Nigel Ernest James Mansell CBE, 1953年8月8日 - )は、イギリスのレーシングドライバー。2008年現在、F1とCARTのチャンピオンを2年続けて獲得した唯一のドライバー。イギリス中部の地方都市の労働者階級の家に生まれ、持ち家を売り借金を重ねながら妻ロザンヌとともに苦労して頂点まで上り詰めた、苦労人タイプのドライバーである。豪快かつ大胆なドライビングスタイルと、喜怒哀楽に富む人柄が人気を博し、「大英帝国の愛すべき息子」(Great Britain's lovely son)と呼ばれた。
■キャサリン・ジェンキンス
(Katherine Jenkins, 1980年6月29日 - )は、英国ウェールズ南部のウェストグラモーガン州(West Glamorgan)ニース(Neath)出身のメゾソプラノ歌手。モデルや、パブリック・スクール音楽教師の経歴を持ち、2004年に23歳で発表したデビュー・アルバム Premiere (日本版『プルミエール』)がクラシック・チャートで初登場第1位、8週連続1位。デビュー年にクラシックミュージシャンとしてイギリスでマリア・カラス以来、最大・最速の売り上げを記録。
■エンゾ・マカリネリ
(Enzo Maccarinelli、男性、1980年8月20日 - )は、イギリス、ウェールズのプロボクサー。元WBO世界クルーザー級チャンピオン。ウェールズのスウォンジ出身。2003年6月28日に空位のEBUクルーザー級タイトルをブルース・スコットと争い、これを4回TKOで勝利して王座を獲得した。同王座を6度防衛。
■デビッド・ヘイ
(David D. Haye、男性、1980年10月13日 - )は、イギリス、イングランドのプロボクサー。元WBC・WBA・WBO三団体統一世界クルーザー級、元WBA世界ヘビー級王者。彼の最大の魅力は躍動感あふれるスピーディーな動きから繰り出される破格の強打、クリンチすらも蹴散らして対戦相手をキャンバスに送り込むチャンスでの爆発的なラッシュ力から。「Hayemaker(ヘイメーカー)」の異名を持つ。
■J・R・R・トールキン
(John Ronald Reuel Tolkien CBE〈大英帝国勲章コマンダー勲爵士〉、1892年1月3日 - 1973年9月2日)は、英国の文献学者、作家、詩人、大学教授で、なによりも『ホビットの冒険』とその続編『指輪物語』、『シルマリルの物語』の著者として知られている。オレンジ自由国(現在は南アフリカ共和国の一部)のブルームフォンテーンで、イギリスの銀行支店長アーサー・ローウェル・トールキン(1857-1896)と妻メイベル・トールキン(旧姓サフィールド) (1870-1904) の間に生まれた。
■ジョン・ネイピア
John Napier, 1550年 - 1617年4月4日はスコットランドのバロン。数学者、物理学者、天文学者、占星術師としても知られる。ジョン・ネイピアは、スコットランドのバロンであり、熱心なプロテスタントである。幅広い事に興味を持って研究した人物で、特に、対数の発見者として知られる。ネイピアの数ある発明の中で、後世に特に大きな影響を与えたものは、対数とネイピアの骨である。いずれも科学で必要な計算を少しでも簡単にしようとして生み出された計算のための技術であり、他の人々の手によって形が変えられているものの、現代の科学技術の礎ともなっている。また、小数点の発案者でもある。
■ロアルド・ダール
(Roald Dahl, 1916年9月13日 - 1990年11月23日)はイギリス・南ウェールズ・カーディフ出身の作家・脚本家である。ノルウェー人の両親のもとに生まれる。シェル石油で働き、タンザニアやカナダにも行ったが、第二次世界大戦が始まってからはイギリス空軍の戦闘機パイロットとして従軍した。乗っていた飛行機が墜落し脊髄に重傷を負うも、なんとか生還した。しかしこの傷は後々まで彼を苦しめることになる。その後、アフリカで聞いた不思議な話やパイロット時代の経験を元に小説を書くようになった。007シリーズで有名なイギリス人作家のイアン・フレミングの友人である事から、映画『007は二度死ぬ』と『チキ・チキ・バン・バン』の脚本も手がけた。
■スコット・ハリソン
(Scott Harrison、1977年8月19日 - )は、イギリス、スコットランドのプロボクサー。元WBO世界フェザー級チャンピオン。打たれても前に突進しながら接近戦で回転の速い連打で相手を倒すタイプ。「The Real McCoy (本物、正真正銘の意)」の愛称を持ち、地元スコットランドでは非常に人気のある選手である。
■ウィリアム1世
William I, 1027年 - 1087年9月9日は、イングランド王(在位:1066年 - 1087年)。通称は征服王(William the Conqueror)。ノルマンディー公(ギヨーム2世、在位:1035年 - 1087年)でもあった。イングランドを征服し(ノルマン・コンクエスト)、ノルマン朝を開いて現在のイギリス王室の開祖となった。
■ロバート・ピール
Sir Robert Peel, 2nd Baronet, 1788年2月5日 - 1850年7月2日は、英国・トーリー党(保守党)の政治家、首相(第1次内閣1834年 - 1835年、第2次内閣1841年 - 1846年) オックスフォード大学卒。1809年、アイルランドの腐敗選挙区だったCashelから下院議員に当選。
■アラン・ハンセン
Alan David Hansen、1955年6月13日 − は、スコットランド出身の元サッカー選手。現役時代のポジションはDF。スコットランドのパーティック・シッスルでプロデビューし、1975-76シーズンにはクラブをリーグ優勝へ導いた。1977年にリヴァプールへ移籍し、2度のチャンピオンズカップ制覇を含む多くのタイトルを手にした。
■ケビン・キーガン
Joseph Kevin Keegan OBE、1951年2月14日 - は、イングランド・ドンカスター出身の元サッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションはFW、MF。1970年代中盤から1980年代初頭のイングランドを代表する選手。小柄ながら豊富なスタミナでフィールドを駆け回り「マイティ・マウス」と呼ばれた。
■エルヴィス・コステロ
Elvis Costello、1954年8月25日 - は、イングランドのミュージシャンである。イングランドのロンドンに生まれる。芸名の「エルヴィス・コステロ」は、エルヴィス・プレスリーと、父方の祖母の旧姓コステロに由来する。幼少よりビートルズなどの影響を受け、働きながら「フリップ・シティ」というバンドで活動を始める。代表的なバラード曲『アリスン(Alison)』もドラマで時々起用される人気曲である。
■サイモン・ラトル
Sir Simon Rattle, CBE, FRSA, 1955年1月19日 - は、イギリスの指揮者。2002年9月よりベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者兼芸術監督を務める。リヴァプール生まれ。幼い頃からピアノと打楽器を学び、イングリッシュ・ナショナル・ユース管弦楽団では打楽器奏者を務めた。1971年にロンドンの王立音楽アカデミーに入学し、指揮を学んだ。1974年、ジョン・プレイヤー国際指揮者コンクールに優勝し、ボーンマス交響楽団およびボーンマス・シンフォニエッタの副指揮者に就任した。
■クライヴ・バーカー
(Clive Barker, 1952年10月5日 - )は、イギリスの小説家、脚本家、映画監督。クライブ・バーカーの表記も用いられる。スティーヴン・キングがバーカーの作品を絶賛している。最近ではホラー要素を含んだ大作の現代ファンタジーに重点を移している。イングランドの港町リヴァプールに生まれる。ビートルズの歌「ペニー・レイン」で有名なペニーレインで少年時代を送り、ポーやブラッドベリの小説を耽読する。リヴァプール大学に進学。英語学と哲学を専攻し、学士号を取得する。学生時代は劇場などでのアルバイトを行う。
■ジョン・ホートン・コンウェイ
John Horton Conway, 1937年12月26日 - はイギリスの数学者。現プリンストン大学教授。イギリス、リヴァプールに生まれる。ケンブリッジ大学で数学を学び、1959年に学士号を取得。その後、ハロルド・ダヴェンポートのもとで数論を研究し、1964年に博士号を取得した。コンウェイ群の発見 (1968)、ライフゲームの考案 (1970)、超現実数の発明 (1970)、巨大数のコンウェイ記法の発明などで知られる。エルデシュ数は 1。
■クリス・スペディング
(Christopher John Spedding 1944年[1]6月17日 - )はイングランド、ダービーシャー出身のロック、ジャズギタリスト。
イギリスで最も有能なセッション・ギタリストのひとりであり[1]、1960年代から現在にいたるまで、ヨーロッパ、アメリカを股にかけて多彩なアーティストと共演している。
■ナジーム・ハメド
Naseem Hamed、1974年2月12日 - )は、アラブ系でイギリスのプロボクサー。元WBC・IBF・WBO世界フェザー級王者。フェザー級離れした強力なパンチ力と天才的かつ独創的なボクシングセンスを持ち、KO率は80%以上を誇る。イエメン国籍を持つ(育ちはイギリス)。「PRINCE」、「悪魔王子」の愛称で親しまれた。リードブローを打たない、腕をだらりと下げガードをしない、飛び上がってパンチを打つという、近代ボクシングの禁忌をあざ笑うかのようなスタイルで相手を翻弄する。 背骨が直角に曲がるほどのスウェーバック、背面を完全に相手に見せるほどの深いダッキング、それらを瞬時かつ的確に行える反射神経と動体視力を駆使するため、避けることに関しては右に出る者がいない。
■ポール・ディラック
(Paul Adrien Maurice Dirac, 1902年8月8日・ブリストル - 1984年10月20日)はイギリスの理論物理学者。量子力学及び量子電磁気学の基礎づけについて多くの貢献をした。1933年にエルヴィン・シュレーディンガーと共にノーベル物理学賞を受賞している。
■ウィリアム・ラムゼー
(William Ramsay, 1852年10月2日 − 1916年7月23日)はスコットランド出身の化学者である。1904年に空気中の希ガスの発見によりノーベル化学賞を受賞した。なお、同年のノーベル物理学賞は希ガスであるアルゴンを発見した功績によりレイリー卿が受賞している。
■ジョン・ディーコン
John Richard Deacon、1951年8月19日 -)はイギリスのミュージシャン。ロックバンド、クイーンの元ベーシスト。血液型はO型。「マイ・ベスト・フレンド」、「地獄へ道づれ」、「ブレイク・フリー (自由への旅立ち)」などのヒット曲を作詞・作曲した。
■エンゲルベルト・フンパーディンク
(Engelbert Humperdinck, 1936年5月2日 - )はポピュラー音楽の歌手。本名はArnold George Dorseyで、第二次世界大戦中に父が駐屯していたインドで育った。芸名はドイツの作曲家エンゲルベルト・フンパーディンクに由来する。彼の代表曲である「リリース・ミー」はイギリスで56週連続チャートインし、ギネスブックにも掲載された。
■ウィリアム・ウィルバーフォース
(William Wilberforce、1759年8月24日 - 1833年7月29日)は、イギリスの政治家、博愛主義者、奴隷廃止主義者。奴隷貿易に反対する議会の運動のリーダーを務めた。1785年、ウィルバーフォースは、宗教的転換をもたらす経験と彼が表現する霊的な感得を経た。彼は残りの人生をかけて、神のために奉仕することに専念することを誓った。