心晴
我欲 モラルの低下。道徳や哲学と言う言葉そのものが消えてしまいそうな社会はどう考えても人間的な社会ではありません。規制緩和、自由競争と聞こえはいいけれど実態はただただお金ありきの情けない社会になり下がりつつあります。アメリカ型資本主義はもう限界に来ているのではないでしょうか。
週末 公園や砂浜に醜いゴミを捨てて来るのはこんな人間だろうなと連想しますが横着で無神経な人間ほど迷惑な生き物はありません。現代の田舎のように車がなければ生活出来ない環境はありますが、便利な都会でどうしても車がいる人間はそう多くはないような気がします。 排気ガス、騒音、事故、エネルギー。1台の車が出すデメリットを覚悟してまで車に乗る必要があるかないか再考すべきです。 車を乗り回していた頃の自分は本当に馬鹿だったと反省しますが実際タクシーやレンタカーをたまに利用するだけで十分事足りていたのは間違いありません。大人も子供も出来る限り自分の足でてくてく歩く事はただそれだけでも思いやりです。 相性 無愛想な店員、どうすればこうなるのだろうと思うほどまずい料理、野蛮人の巣窟かと間違うような客層。そしてとどめに目を疑う値段。悲しみも怒りも通り越して会計を済ませて外に出るとそんな店に入ってしまった自分の愚かさを呪うのですが、年に数回は呪われた日があります。場所でも人でも乗り物でも衣服でも食べ物でも相性があります。偶然と必然。幸運と不運。
言動 こんな人間を疑問もなく知事に選んでしまっていいのだろうかと常々思いますがそれが今の日本の精神的病巣なのかも知れません。どんなに取り繕っても心根は言葉にも声にも顔の表情にも話しの内容にも出てしまうものです。
士気
三都 震災でかなり様変わりしたけれど神戸も異国情緒の残る一画や港界隈の雰囲気は大阪にはないものです。京都と神戸、どちらも何百回と行ってますがどちらが多いのだろうと改めて考えたらちょうど同じぐらいだと言う事に気づきました。「三都物語」。JRのポスターを見る度にまた行こうと思うぐらい京都も神戸も魅力が尽きない街です。
刻々 あてにならない記憶力だからもう少し記録をちゃんとしないと。さて2008年も残り2ヶ月足らず。日々刻々を噛みしめて出来る限りの思いを巡らせそして出来る限り歩き回ろうと思う今日です。
回顧 子供の頃から今にいたるまで思い出と、問題にぶつかった時もし生きていたら母ならどう考えるだろうかなどとめぐらせる事も度々です。命と時間。生と死。過去と今。母の事を大好きだった娘の誕生日と母の命日が一致するとは何かの巡り合わせでしょうか。おかげで母の命日も娘の誕生日もうっかり忘れる事もありません。ハッピーバースデイ。
消滅 四国へ渡る真冬のフェリーの甲板でお土産に買ったここの天ぷらを少し齧ってしまったのが運のつきであまりの美味しさに1枚また1枚。結局15枚ぐらいあった土産を全部船上で食べてしまって相手に事情を話して大笑いになった事がありました。何を食べても絶品なのですが中でもキクラゲのいっぱい入った白天は群を抜いていました。配慮のない規制緩和で商店街は日本全国どこでも壊滅状態。市場や商店街はその土地の文化だと言う事だけは間違いありません。大げさではなく天ぷら屋さんの廃業は1つの文化の消滅です。
鯛焼 「よく焼けた方が香ばしくて美味しいですよ」と僕が言うと最後に残った1匹を睨んで「これもおまけしとくよ」とまた別に包んでくれます。「おじいさん、もともと6個買おうと思ってたから6個分払いますよ」と言うとおじいさんはにこっと笑って「いいよいいよ、それより風邪引かないようにね」と薄着の僕を案じてくれます。心の温かい人です。このたいやきが美味しいのはガスでも電気でもなく心の火で焼いてるからなんだなと思いました。
海鳥 空を飛び水に浮かび陸地だって歩けるのですから。多種多様な能力を持つ動物の中にあって人間の能力はどうなんだろうと考えてしまいます。頭脳や手先が仮に他の動物よりすぐれているとしても心はどうなんだろう? やさしさや思いやりや自然への感謝などを忘れすぎてはいないだろうか。言葉に詰まるような恐ろしい犯罪、胸をえぐられるような戦争が今も世界のどこかで起きています。歴史を見ると科学の進化は容易いものです。と言ってもほとんどはテクノロジーの話で科学の本質の進化は微弱ではあります。 でもそれより心の進化が科学に比べていかに難しいかは今の世の中を見れば明らかです。少なくともこの海鳥たちは心も体も退化だけはしていないようです。
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今や自然エネルギーを有効に使えるだけの科学力があります。原発を完全に無くし、
化石燃料をなるだけ減らして行くことが未来に対する人類共通の責任です。